ひとりがふたり、そして



「おはよう」
「………!」


今日も変わらず普通に挨拶をする泉くんに、びっくりして固まってしまった。泉くんはなにかを確かめるように、私の目をじいと見つめたままだ。きのう、あんな風に逃げたのに。ガタンという音で、自分が椅子から立ち上がったことに気づいた。なにかを考える間もなく身体は動く。特に取り柄のない私だけど、逃げ足だけは自慢できるかもしれない。そんなの嬉しくないけど。


「…っ、待った!」


ぐいと肩を押されて、その勢いで尻餅をつくように椅子に戻る。そんなことは想定外すぎた。泉くんを見上げると、その目は真剣そのもので、両肩を掴む手を振り払うことも忘れてしまった。


「…昨日、ごめん。ちょっと調子のった」
「え」
「草壁が困るかもって、考えてなかった。いきなり試合来ればなんて言われたらびびるよな」
「え、っと」
「ごめんな」

「え?なんで?来ればいーじゃん」


割り込んできた声に驚いてそちらを見ると、すぐ隣に田島くんが立っていた。大きな目をきょとんと丸くして、首を傾げる田島くんは子どもみたいに見える。
田島くんと目が合ったと同時に、泉くんの手が肩から離れた。軽くなった肩に、こっそりと息を吐く。泉くんは田島くんに向き直り、批判するような声を出した。


「なに田島。聞いてたのかよ」
「試合誘ってんの?来ねーの?」
「来ねーの。今回はいーの」
「あ、夏は来る!?」
「うん、また誘う」


な、なんかわたし抜きで話が進んでるんですけど…。夏?なんで夏?
不安になって思わず目を泳がせていると、泉くんはくるりとこちらを向いてニッと笑った。


「じゃ、そうゆーことだから」
「草壁、応援しに来てな!」
「っ!!」


田島くんにさらっと名前を呼ばれて驚いた。泉くんも田島くんも、一体なんなんだ。私が努力して作っていた壁を、気にしないのかそもそも見えていないのか。どうしてこんなにも簡単に、近づくことができるんだ。


「…あのー。お前らなに話してんの?」


泉くんの背後から恐る恐ると言った感じで、今度は浜田くんが顔を覗かせた。その隣には、同じような表情をした三橋くんがひょろりと立っている。ま、また人が増えた…。逃げなくちゃ、と思った。これは、駄目だ。駄目な傾向だ。

よくよく周りを見ると、クラスメイトの何人かがこちらの様子を窺っているのがわかった。そりゃあそうだ、今まで誰ともろくに会話を交わしていなかった私が、急に四人もの男子に囲まれているのだから何事か気になるだろう。
けれど、逃げようにも、後ろは窓、前は四人に塞がれている。無理だ。…どうしよう。みんな、どうか見ないで。こっちを見ないで。私のことなんて気にしないで、今までみたいにしていてほしい。本当は誰とも話したくないの。


「はい、お前ら解散」


その声に顔を上げると、泉くんがぐいぐいと三人の肩を押していた。もう話終わったし行くぞー、と言いながら、私に背を向ける泉くん。ふと振り返って、「騒がしくしてごめんな」と謝ると、なんだよ泉とぼやく浜田くんのお尻を足で蹴り上げた。

…もしかして、助けてくれた?
ほっと胸を撫で下ろして、ややパニックになっていたことに気づく。泉くんは、私が困ってるってわかったんだ。なんだか気恥ずかしくなって、いつもの自分を取り戻すためにイヤホンを着けた。ランダム再生で流れたのは、ピアノの旋律から始まる曲だった。




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