次の日と、その土曜日



泉くんと初めて話した、次の日。
学校へと向かう足取りはなんだか重く、落ち着かない気持ちだった。なにかが変わることへの恐怖は大きい。私はよくそれに悩まされる。

教室に入り、いつも通り自分の席に座ると少しほっとした。ポケットの中で、ウォークマンの音量をカチカチと上げる。ベースの音がずしずしと脳みそに響く感覚が気持ちいい。そのまま窓の外をぼうっと眺める。今日は晴れだ。
音楽と太陽のぬくもりの心地よさに浸っていると、すいっと泉くんの顔が覗き込んできた。


「ひ、!?」


ぼけっとしていた上に、あまりに突然のことで思わず変な声が出てしまった。イヤホンを外すと、泉くんは「聞こえてなかった?」と首を傾げる。


「おはよ」
「お、おはよう…」


泉くんはうんと頷いて、肩にかけていたエナメルを隣の机にどしんと置いた。まだびっくりから抜け出せていない私は目をぱちくりさせてしまう。泉くんは「それにしてもさー」と話を続けた。


「ヒッてなんだよ」
「え、」
「ユーレイじゃないんだからさ」
「あ、ご、ごめんなさい…」


別にいいんだけど、と言って泉くんは笑った。







土曜日の学校は、当たり前だけれど人が少ない。遠くの方から部活動に勤しむ生徒の声が聞こえる。校舎周りをランニングしている、ぱたぱたと鳴るスニーカーの音も。
私は土曜日の学校ではイヤホンをせずにいる。この音はわりと好きなのだ。すごく遠くから聞こえてくるのがちょうどいいのと、それらの音はどこか非現実的でよそよそしいから。なんとなくふわふわとした気持ちになるのだ。普段とは違って、休日の学校は優しい。


「草壁!」
「え」


校門に向かっていたその時。突然名前を呼ばれて振り返ると、ユニフォーム姿の泉くんがいた。部活をしていたのだろう。全体的に土で汚れている。誰かに話しかけられたことで、ゆったりとした時間が急に鮮やかなものになったように感じた。
泉くんは走ってきたのか、軽く足並みを整えながら私の横に立った。


「休みなのになにしてんの?」
「と、図書館に」
「へー。なんで?」
「…勉強?」
「なんで聞くんだよ」


泉くんは笑って、けっこーマジメなんだ、と言った。私はその言葉にふるふると首を振る。違う。マジメとかじゃなくて、ただ、図書館が好きだから。静かな広い空間、たくさんの本の匂い。たくましく優しい本棚に囲まれる安心感。勉強道具は持って来ているけれど、勉強をせずに本を読むだけの日だってある。
でもそこまでの言葉がするするとは出てこなかった。唇は重たく、長く喋るのが嫌だった。なにより、自分のことを話すのが、嫌だった。黙り込んだ私を泉くんが見つめているのがわかって、それも困った。


「…あ、わかった」


落ちてきた言葉に視線を上げると、泉くんはにやっと笑った。


「草壁、暇なんだろ」
「う…」
「よかったらさ、試合見に来たりする?」


思いがけない提案に驚きすぎて、聞き間違いかと思った。


「え、え!? なんで」
「いや、暇ならと思って。応援あった方が皆やる気出るしさ。どう?」
「え、や、やだ」
「へ」
「ごめんなさい、!」


走って逃げてしまった。でも、でも泉くんが悪い。私は近づかないでほしいのに。どうしてこんなにもするりと近づいて来ようとするの。気遣い?それが優しさでも偽善でもどっちでもいい。そんなものいらないから、近づかないでほしい。




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