早朝、五時



身体が痛んで目が覚めた。喉がかすかすで、空気を吸い込むと引き攣るような感じがする。部屋は暗かったがカーテンの向こうは青く光って見えて、夜明け前なのだとわかる。気配を感じて隣を見ると、浜田が寝ていた。私を腕で囲うようにしていて、自分の肩は布団から出てしまっている。今日はしてないのに。と、思った。


「…ん」


水を飲みたくて身体を起こすと、浜田が目を覚ました。「あ、ゴメン」小さな声で謝ると、浜田はのっそりと起き上がる。


「…なんか飲む?」
「うん」
「ちょっと待ってて。動けたらそれ着替えて」


ベッドの脇に、畳まれた浜田の部屋着が置いてある。私のスウェットは襟元が汗でしっとりと湿っていた。確かに着替えたい。浜田は本当によく気がつくなぁと感心する。服に袖を通すと、いつもの柔軟剤がふわりと香った。


「はい」


差し出されたコップにはポカリスエットがなみなみと注がれていた。寝ている間に買ってきてくれていたのだろう。「ありがとう」水分はごくごくと私の身体に取り込まれて、身体に染み渡るのを感じた。

浜田は私がコップを干すのをじっと待っている。夜明けの薄青い部屋の中で浜田と二人でいるのは、なんだか不思議な気がした。家具のひとつひとつが、ぼんやりと浮かび上がって見える。酷くさみしい光景だった。突然、こころにぶわりと風が吹いた。逃げ出したい。瞬間的に激しく切望して、驚いた。自分で選んでここに来たし、ここでの生活はとても贅沢なものだったのに。逃げ出したいだなんて、おこがましい。それなのに。

そう思った途端、浜田が遠くなった。夜明けの明かりにぼやける彼の影は、なんだかよそよそしい。私がここで夜明けの時間に起きているのは初めてで、青く沈んでいる部屋は非現実的だった。ここじゃない。咄嗟に思う。私の居場所は、ここじゃない。

コップが空になって、私がそれを置くより先に浜田の手がさらってゆく。机に置かれたコップがコトリ、と音を立てた。


「はまだ」


耐えられなくなって名前を呼ぶと、「ん?」と穏やかな声が返ってきた。はまだ。はまだ。こわいよ。なにが、ズレたのだろう。どこが噛み合わなかった?
思わず縋るように浜田の胸元を掴むと、浜田はちょっと笑って私の身体を引き寄せた。宥めるように背中を撫でられる。それが心地よくて涙が出そうだった。


「やっぱり弱ってんの可愛いな」


嬉しそうな浜田の声音は、私の心臓をぐさりと抉った。ばか。ばかばかばかばか!いちいち傷つく私も、ばかだ。

浜田は最初からずっと、遠くにいたのだ。浜田がそれを気づかせないすべを持っていただけで。私が甘えてしまっていただけで。浜田が「そう」なるように導いていただけで。

このままじゃダメになる、と思った。このままじゃ、二人ともどんどん落ちていく。私は浜田に甘えてしまう。浜田はそんな私に甘えてしまう。私はここにいるだけで、浜田自身の歪みを無視させて、むしろ悪化させる。私ができるのは紛らわせることだ。でもその分浜田が自分を省みたときに、余計にさみしくさせる。そんな浜田を見るたびに私は傷つくのだろう。こんな悪循環って、ない。誰も救われない。
自分が傷つくのがこわいからと言っても嘘じゃない。でも本当に心から、私は浜田が苦しむのが悲しい。浜田には心から、陽だまりみたいに笑っていてほしい。だから。

浜田の手が優しく私の顔を上げさせて、目が合った。浜田の慈しむような眼差しの中の私は、怯えた顔をしていた。そして私の湿った唇に、浜田の唇がやんわりと押し当てられる。優しいキスだった。悲しくなった。もし私が浜田を愛していたら。もし浜田が私を愛していたら。お互いがいればいいってくらいに、熱烈に欲していたら。そうだったらよかったのに。でも私も浜田もそうじゃない。そんなことは初めから分かっていて、お互いの傷を舐め合うような、ぬるま湯に浸かった生活をしていた。気づかないようにして。
与えたいだけの優しさと与えられたいだけの優しさなんて、それは狂気だ。そうじゃない。それじゃいけない。狂ってるよ。

風邪で熱くなった舌を浜田のそれに掬われながら、脇腹に浜田の指が滑るのを感じた。つめたい指だった。もしかしたら私の身体が熱いだけなのかもしれない。夜明けの時間はまだ続く。私の上に覆い被さった浜田の肩ごしに、青い天井が見える。海の中みたいだ、と思った。




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