手離せない


長い間ずっと心に秘めてきた想い。生まれてから今まで、ほとんどの時間を共に過ごしてきた想いが、いま、段々と薄らいでいくのを感じていた。


「タクト…離して…」
「できない」


闇に包まれた海辺で掴まれている手。触れあったそこから伝わってくる温もりに涙が止まらなかった。夜空を渡る潮風は少し肌寒いくらいの涼しさを携えているのに、触れあうただ一ヶ所からの熱がじわじわと広がって寒さを感じない。それがとてつもなく怖かった。私の中からスガタへの恋心が消えてゆくのをひしひしと感じて、すごく、怖い。


「やだぁ……スガタ、」
「っ…」


幼馴染みの名前を口にした瞬間、目の前のタクトのカオが苦く歪む。その光景にひどく心が痛んだ。そんな自分に、あぁやっぱり、と唇をかむ。

幼い頃からずっとスガタが好きで、でも彼にはワコがいて、すごく苦しくて……それでもスガタが好きだったからこの気持ちはきっと永遠なんだって、スガタにつらい恋をしていることが私のアイデンティティなんだって思っていたほどなのに。突然島にやって来た彼にこんな短期間で惹かれてしまっている自分が信じられなくて、許せなくて、認めたくなくて…


「タクト…だめ、離して…」
「っ、離せない、よ」
「だって、離してくれないと…私っ…」


タクトが、本当にいちばんになっちゃう

掴んだ手を引かれて、その勢いのままタクトの胸に倒れ込む。それからずるずると砂浜に座り込んだ私達は、お互いの肩に頭を埋めた。自分を包む体温に正直に鼓動を早める心臓に、余計に泣きたくなる。


「どうして…こんなに僕のことが好きって顔してる子を離さなくちゃいけないんだ…」


耳朶を湿らせた声は悲痛すぎて、これがいつも快活に笑っているタクトの出している声だなんて思えなかった。同時に沸き起こる悲しみに途方に暮れる。

どうして私はこうなんだろう。私を縛っているのは他でもない私自身だ。スガタを好きでいる時間が長かった分、新しい恋に向かうことを恐れて立ちすくんでいる。スガタへの想いがなくなったら自分が自分でなくなってしまうようだと、今まで築き上げた自分が崩れてしまうようだと。そんな恐怖心で、いま自分が大切にすべきものを大切にできない。私を大切にしてくれる、私が大切にしたい人……―――


名前を呼ばれて顔を上げれば、頬に掌が添えられた。大きくて温かい手だ。親指でそっと涙を拭ってくれた後、貴方は優しく笑って。


「ねぇ、おいでよ」


涙の跡のある頬を、なんて柔らかく緩めるんだろう。
また一筋流れた涙を、タクトは拭ってくれる。安心する、と思った。この掌の温かさが、優しい笑顔が。私が泣いたらタクトは涙を拭いてくれる、私が崩れてしまったら、きっとタクトは私をまた私にしてくれる。怖がることなんてないんだ。


「私…タクトを好きになっても、いいのかな…」


無意識に零れた言葉に、タクトはいつもの快活な笑顔を見せてくれた。




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