奪い去った
彼と別れて、泉と付き合って1ヶ月。泉は相変わらず口は悪いものの、泉なりに大切にしてくれているのがわかる。それはとても嬉しいことで、だから泉の隣は心地良くて、私も泉が好きだ。この気持ちに嘘はない。
でもどうしても消えないの。だって大好きだったんだもん。どんなことをされても、何回泣いても、彼が好きだった。彼への気持ちが私のすべてだった。だから泉と一緒に過ごす今でも、彼のつけていた香水の匂いや彼の口ずさんでいた唄に反応してしまう。これは反射だ。必要なのは時間だった。私はそれがわかっているから、自分の気持ちをひたすらに隠していた。でも敏感な泉は気づいていたらしい。だから今、私は泉に押し倒されている。
「…俺が気づいてないって思ってた?」
「っ……」
「俺、お前があいつと付き合ってる時からお前のこと見てんだよ?」
泉の肩越しに、天井の蛍光灯がチラチラと光って眩しい。迂闊に泉の部屋に来たのがいけなかったのか。泉が取り出したガムが、彼のお気に入りだったのがいけなかったのか。
「泉、ごめん……でも私がいま好きなのは泉だよ」
「…それも、わかってっけど…」
泉の言葉に拍子抜けしてしまった。わかってるのならなんで?なんでそんなに怒ってるの?なんでそんなに苦しそうな顔をしてるの…?
「…嫌なんだよ、お前がいちいち反応してんの見るの」
「ごめん…」
「謝らせたいんじゃなくて、」
うん、ごめん。ごめんね泉。わかってるよ。でも謝る以外、どうしたらいいのかわからない。だって私は"私"に染み着いた彼の忘れ方を知らない。時間が経つにつれて薄れてゆくのを待つしか思いつかないんだよ。泉のそんな顔、私も見たくないのに。
「…お前の頭ン中、俺だけにしたい」
ぽつりと落ちてきた言葉。それが合図だったかのように唇が押し当てられた。
「いず…んっ、ふ」
苦し紛れに口を開いた隙を逃さず、激しくなるキス。泉と付き合うきっかけになったのも突然のキスだったけれど、こんなんじゃなかった。泉の熱い舌に頭がクラクラする。力の入らない腕で彼の肩を押し返すと、小さくイヤラシイ音を立ててから離れた。その音と至近距離にある泉の濡れた唇に、かあっと顔が熱くなる。
ドキドキと鳴る心臓の音にかき消されてしまいそうなくらい小さな声で「いずみ、」と呼んだ私を、彼は満足そうに見下ろして微笑んだ。
「今は俺でいっぱいだっただろ?」
(奪い去ったよ)
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