奪い去る
教室の隅っこでうずくまって、唇を噛みしめる。零れる涙はじわじわと制服の袖を濡らした。早く止まってよ涙。このままじゃいつまで経っても帰れない。そんな私の思いとは裏腹に、涙は止まることなく溢れる。どうしようもなくて変な唸り声を出したところで、教室のドアががたりと音を立てた。
「う、お…びっくりした」
「い、ずみ」
大きな目をまんまるにして、教室の入り口に立っている泉。泉は私と目を合わせた瞬間、眉をひそめた。やなとこ見られちゃったなあ。
「なにお前、また泣いてんの」
「また、って言う、な…」
しゃくりあげてうまく喋れない。泉はスタスタと自分の机に近づいて、中からノートを取り出した(忘れ物、かな)
「いずみ、部活は」
「今日はもう終わった」
エナメルバッグにノートを突っ込んで肩にかける。お疲れ様、ばいばい、と言えば、怒っているような難しい顔をして私の前にしゃがんだ。
「な、に」
「…は、ぶさいく」
「!うるさい、」
「なあ、」
なんであいつと付き合ってんの?
泉の言葉が、私の肩をびくりと震わす。「何回もひでーことされて何回も泣いてんのに、お前なんであいつの隣にいようとすんの。馬鹿じゃねえ?」
泉の言っていることは正しいって、私にはわかっていた。だからこそ馬鹿な自分になにも言えない。俯いているとふと視界が暗くなった。顔を上げれば、至近距離に泉の、かお。
「あんな奴、別れろ」
「っ…」
「そんで、俺と付き合えば?」
シアワセにしますよ。ぽかんとする私にそう言って、泉は笑った。その笑顔が眩しくて、くらりとする。
「え、ちょっと待って、いずみ、」
「悪いけど、もー待てねえ」
トン、と泉の手が私の顔の横、私がもたれている壁に当たった。そのまま近づく泉の顔に、反射的にぎゅっと目を瞑る。そして確かに押し当てられた、泉の、熱。軽く音をたてて離れたあと、真剣な目で私を見据える彼に惑わされる思考。泉の口から紡がれた言葉は、馬鹿な私を暗闇の中から連れ去ったのでした。
(奪い去るよ)
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