飛んだ



ちょっと空飛んでくるね、

当たり前のように彼女が言ったもんだから、一度うんと返事をしてから「は!?」と声をあげてしまった。ノリツッコミをしたみたいになってしまって、少し恥ずかしい。


「なに?準太。びっくりしたなあ」
「いやいやびっくりしたのは俺のほうだから」


椅子から立ち上がった彼女に合わせて立ち、額にぴたりと手を当ててみる。熱は、…ない。


「なにしてるの?」
「お前頭打ったの?」


ううん?と不思議そうに俺を見上げるこいつが本気で心配になった。あれ、俺の彼女ってこんな頭弱い感じの奴だったっけ?確かにアホだけどここまでぶっ飛んではいなかったような…


「準太も一緒に来る?」


にこりと笑って手をひかれては、断る術はない。それにこいつが飛び降りでもしようとしたときに止めてやらなくては。


もうすぐ授業が始まるが、こいつを見殺しにするわけにはいかない。自殺願望があるようには見えないが、万が一ということもあるし。自殺したいほど悩んでいるのだとしたら、気づいてやれなかった俺にも責任はある。

ともかく、こいつは俺が守ってやらなきゃいけない。彼女とふたり手を繋ぎながら、屋上へと続く階段を登った。




開いた扉の向こうには、青が広がっていた。雲ひとつない真っ青な空に、息を呑む。眩しいくらい降り注ぐ太陽の光は、ここに夏を置き忘れてしまったように見える。

隣を見ると、彼女が流れる風に気持ちよさそうに目を細めていた。…自殺を考えているようにはまったく見えない。授業の始まりを告げるチャイムが、鳴った。


あっと思ったときには、彼女の手は俺の手の中からするりと抜け出していた。制服のスカートの裾を揺らしながら、扉の上へと登ってゆく。俺は仕方なくその後に続いた。俺がはしごを登りきった頃には、彼女は屋根の端に立っていた。


「飛ぶの?」
「飛ぶの!」


振り向いて嬉しそうに笑った彼女に、脱力感をおぼえる。死ぬなよ。願いを込めて言えば、彼女はけろりとした顔で「死なないよ?」と返した。(自殺じゃ、ないのか)(まあここから飛び降りても死ねないけど)やれやれとその場に座り込む。

そして顔を上げて、その光景に引き込まれた。


背筋を伸ばしてまっすぐに立った彼女は、少し顎を上げて目を閉じている。太陽の光を全身で感じているらしい。手をだらりと横に下げて、立っている。ただ、それだけなのに。そのまま青に溶けてしまいそうで、思わず手を伸ばし た 。



「…じゅんた?」


彼女の指を絡めとって、くんっと引っ張る。溶け込みかけていた淡い影は、掴んだことによってはっきりとした存在になった。急に感じた不安は、彼女の温もりによって和らぐ。彼女の言葉の意味が、ようやくわかった。


「飛んでんの?」
「飛んでるよ」


いかないで、


「行かないよ」


言葉にしていない想いをどうやって受けとったのか。ふわ、と笑う彼女を腕の中に閉じ込める。青に溶けてしまわないように。溶けてしまうのなら、俺もつれていって




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