僕らだけの空


休日の練習。お昼に差し掛かり、みんなが休憩に入る。用意したドリンクをみんなが次々と消費するのを横目に部室へと向かっていると、遠くから「高瀬くん!」と呼ぶ細い声が聞こえた。その声につられて振り返ると、フェンス越しに佇む二人組の女の子。あれは確か、隣のクラスの子だ。準太がグラウンドの外に連れて行かれるその様子を見て、ああ告白だな、と分かった。部員たちも察したらしく、「早く戻ってこねーとメシなくなるかんなー!」と笑っている。その笑い声に追いやられるように私もグラウンドを出た。

二人とも可愛かったな。どっちが告白するんだろう。どんな言葉で思いを伝えて、準太はそれになんて言うんだろう。
掃除用具を部室に戻してドアを閉めると、思わずバンと大きな音を立ててしまった。


「おーおー荒れてんな」
「…慎吾さん」
「部室のドアは静かに閉めましょーう」
「うあ、す、すいません」


慎吾さんはドリンクの入ったコップを持ったまま笑った。


「どうかしたんですか?なにか用事ですか?」
「ううん。マネージャーがあんまりコワイ顔して出て行くから代表で来た」
「えっ……そんな顔してました?」
「うん」
「み、みんな知って…?」
「うーん、見た奴は見ただろーね」


やってしまった…。恥ずかしい。
あああ、と両手で顔を覆うと、慎吾さんはまあまあと宥めてくれた。


「エースの彼氏を持つと大変だなあ?」
「…しかもみんなには内緒ですしね」


部内で恋愛事をあまり表に出したくない、みんなに気を遣わせるかもしれないから。と最初に言ったのは私の方だ。今でもその気持ちは変わっていないけれど、こんな時は思ってしまう。みんなが、私たちが付き合っていることを知っていたら。そのことは隣のクラスまで、学年中に広まって、私が準太の彼女なんだって、胸を張れたなら。

私たちの関係が変わったことにいち早く気づいたのは慎吾さんだった。それからすぐにカズさんが気づいて、先輩たちはじわじわと察して行った。でも、気づいていない部員の方が断然多い。


「でも仕方ないんです。すみません、もう大丈夫ですから!」
「ホントに大丈夫な子はそんな顔して笑いませんよー」


慎吾さんの手がスッと伸びてきて、頬に触れた。「し、慎吾さん?」驚いて、思わず顔が熱くなる。慎吾さんってこんな風に気軽に触ってくる人だったっけ。


「あー。その顔いいねー」
「ちょ!ちょっとからかわないでくださいよ!」
「んはははは」


真顔で私を見つめていた慎吾さんの目は、いつも通りに細められた。び、びっくりした。それからじゃれるように何度も触れようとしてくる腕を振り払いながら、元気づけてくれているんだな、と気づく。慎吾さんは優しいな。


「っ、慎吾さん!!」


突然、声が飛んできて動きがぴたと止まった。見ると、部室の脇に準太が一人で立っている。どことなく怒っているような雰囲気を醸し出している準太は、グラウンドの方を指差した。


「…カズさんが、呼んでるんスけど」


準太の言葉に、慎吾さんは「ふうん?」とちょっと笑った。それから私の頭をぽんと一度、軽く叩く。「じゃあ俺は先に行こうかなー」とコップの中身を飲み干して、私に聞こえるだけの小さな声で呟いた。


「あいつ嘘つくの下手だな?」



慎吾さんが戻った後、準太と二人きりになる。私も戻らなくちゃ、と準太に声をかけようとすると「あのさ」と先手を打たれた。


「なに?」
「慎吾さんには気をつけろって」
「へ?」


なにそれ。準太の言葉に目を瞬かせると、準太は「っだから!」と声を少し荒げた。


「あのひとがお前に気ィあんの気づかねーの!?」
「…なに言ってるの?そんなこと」
「あるんだって、鈍感!」
「な!」


怒っている様子の準太に戸惑うものの、その言葉に少しムッとしてしまう。自分の事は棚に上げて、私が慎吾さんといたら機嫌を悪くするの?そんなのって。


「慎吾さんは優しくしてくれたんだよ?」
「だからそれが下心見え見えだろ」
「っ、なんなの?私を元気づけようとしてくれたのにそんな言い方、」
「なんでお前は元気なかったの」


思わぬ墓穴を掘ってしまったことに気づいて、開きかけた口を閉じた。でも準太の顔を見て、わかってるくせに、と呟く。くやしいのだ。準太は困ったように視線を逸らした。


「…でも断るって決まってるし」
「決まってても、気になる」
「いや、でもさ」
「嫌なものは嫌なの!」


言葉にしてしまうと、自分の心の狭さを思い知らされた。みじめだ。自分で秘密にするって言っておいて、不安になって、落ち込んで。それを先輩に慰められて。かっこ悪い。

私だってわかってる。準太は格好いい。そんなの十分知ってる。近くで見てきたもん。それに、彼氏がモテるなんて誇れることだ。それでもやっぱり、不安で。準太に可愛い女の子が話しかけると、胸がざわめく。どうして私なんかが彼女なんだと思う。そんな卑屈で嫉妬心の強い自分が更に嫌になる。悪循環だ。


「変なこと考えてるっしょ」
「…そんなこと」
「じゃあその顔やめて」


むに、っと頬をつままれる。準太と目が合った瞬間、ぼたぼたっと涙が零れた。


「!? ちょ」
「じゅんたのばかぁ」


準太に身体を支えられたまま、しゃがみこむ。嗚咽を漏らす私の背中を、準太はなにも言わずにさすってくれていた。私の気持ちなんて、言わなくてもバレているのだ。


私の涙が止まった頃、準太は私の肩に顎をのせて呟いた。


「もーみんなに言うけどいい?」
「え…」
「お前がそんな顔で戻ったら聞かれると思うんだけど?」


私が返事をする前に、準太は「もう言うって決めた!」と笑った。


「俺が彼氏ですって言う」
「!」
「慎吾さんをケンセーしねーと」


早く戻らないと時間なくなるぞ、と準太が私の手を握る。手を繋いだまま走りだしながら、いつの間にか私も笑っていた。




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