盛る



泉が変だ。


「いいいいいいいい泉ちょっと待って一旦落ち着こう!!!ね?」
「無理」


ずいっ、と近づく泉に追われるように頭を引くと、背後のフェンスがガシャッと音を立てた。なんだこのあるまじきシチュエーションは。見上げた空は青く青く、気持ちの良い快晴である。


「ここはドコ私はダレ…」
「屋上。俺の彼女。問題なし」
「大アリだ!!」


こんな白昼堂々、しかも外で、追い詰められている女子と追い詰めている男子という絵面はいかがなものか。もし人が来たらどうするんだ。それにいくら付き合って日が経っているとはいえ、こんな場所で至近距離まで近づかれたら息ができない。恥ずかしい。


「ねぇお願い離れて」
「うわ傷つくんだけど」ずいっ
「いやあああああ無理無理死ぬ死ぬ死ぬ恥ずか死ぬ!!!!」


今日の泉は絶対に変だ!!いつもだったら絶対にこんな事しない!だって泉はオトコマエだけど案外シャイなところもあるし、外でこんな、こんなの絶対にしない!こんなの絶対オカシイヨ!!!

顔から火が出そうだ。熱い。泉を視界に捉えたまま、至近距離に何も言えずただ口をパクパクとさせていると、泉は「なにそれ魚の真似?アホ面だからやめれば」と悪態をついた。一体なんなんだ。


「泉クン今日どうしたの…?」
「別にいつも通りなんだけど」
「絶対変だって!」
「しいて言えば男の子の日だな」
「ホラ絶対おかしいって!!!キャラ違うってえええ!!!」


ウワーンと喚くと、うるせぇと言って両手首をとられた。ウッソまじでか。フェンスに貼り付けられるような私の体勢は少女漫画によくあるアレである。なにこれほんと無理。

確かに最近あまり二人の時間を過ごせていない、だから泉がサカるのも仕方のないことだとは思う。でもだからって場所が。屋上でこんなのって。見つかりでもしたら大事になる。…そうだ、もう腹を括ろう!

恥ずかしさを堪えてぎゅっと目を瞑った。キスを受け入れれば満足してくれるだろう。チュっとしてパッと離れれば大丈夫だ!さあ来い!


「ん、」


すぐに唇が重なった。久しぶりの感触にこころが震える。嬉しい。恥ずかしいのは変わらないけれど、やっぱり泉と触れ合えないのは私もさみしかった。……ん?
思っていた予定とは違って、キスは深くなってゆく。何度も唇を食まれる。「…!!!!」し、舌が。


「い、いずっ、んぅ」
「…………」
「…ちょ、っん、…ふ」


喋ろうとしても無理やり唇を合わせられて、そんな隙も与えてくれない。ちょっと、本当に誰か来たらどうするの!だんだんと、頭の中が溶けていくような、ふわふわとした感覚になって来た。やばいやばいやばい。
ドンと泉の胸を押すと、なんだよと不機嫌な声が降ってきた。ううっ。


「も、もうやだ」


恥ずかしくて死んでしまいそう。こんな場所で、こまるよ。涙が溢れて声が震えた。それに気づいた泉は謝るかと思いきや、べろりと目尻を舐める。


「んあー… すげえ可愛いんだけど」


目が。目がヤバイです泉クン…。
手首は離されたけれど、代わりに泉の両手は濡れた私の頬を掴んで固定した。そしてまた顔が近づく。
ああもうどうにでもなれと思った。誰かが来たらここから飛び降りてやる、とも。




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