バレンタイン
２月１４日の今日はバレンタイン・デーというわけで、学校の至るところから甘い匂いが漂ってくるようだ。田島と三橋は一日中、授業中以外はずっと口をもごもごさせて幸せそうに頬を緩めていた。浜田は見るからにソワソワしていて見苦しい。
通学鞄の隙間から覗くいくつかの包みに目をやり、心の中でひとつ、息を吐く。クラスの女子が配ってたのと、篠岡が部員にくれたのと、多分本命だと受け取ってもいいものも１、２個。でも正直、この中のどれにも優るものがアイツからのチョコだ。…虚しいことに、それはまだ貰えていないのだけど。
（つーか、貰えねェのかも）
そもそもアイツはバレンタインとか気にするガラじゃない。今日だって見た限り、貰った友チョコとやらをアリガトーと嬉しそうに頬張っていただけだ（それは女子として些かどうかと思う、ぞ）
オレだって別に期待していたわけじゃない。断じて。ただ、アイツがくれたらラッキーだな、程度に思っていただけだ。
（…アホらし）
もう帰るか。椅子から立ち上がると、アイツとふと目が合った。うわッと思ったのも束の間、すぐに視線を逸らされる。至って普通なその横顔に、悔しいような恥ずかしいような気持ちが沸き起こって。くそ、らしくねー。
靴を履き替えてからもモヤモヤは晴れない。帰ったら何しようか、とぼんやり考えていると、頭上から「泉！」とよく通る声が降ってきた。
「んぁ？」
顔を上げると、校舎の窓からぶんぶんと手を振っている奴が。オレのこのどんよりした気分を作った原因。いや、オレが勝手に沈んでるだけだ、スンマセン。
「いくぞー！」
ぶんぶんと横に振られていたアイツの手が、ヒュッと一度、大きく縦に振られる。キラリ、太陽の光に煌めくそれをキャッチできなきゃ野球部員の名が廃る。
「ナイキャッチー！」
「ったりめーだ！」
けらけらと笑うアイツに言い返してから、手の中のそれをよく見る。その包みの中身は紛れもなくチョコだった。小さなチョコがいくつか。しかもどうやら手作りのようで、マジかよって口許が緩んだ。
「お腹壊しても知んないかんねー！」
そんな台詞、照れ隠しにしか聞こえねぇよバーカ。
「あんがとー！」
声を張り上げれば、アイツは満足そうに笑って窓の奥に消えた。オレはどうしたってニヤケてしまう顔をなんとか整える。
へこんだって喜んだって、気恥ずかしい日だ。でも捨てたもんじゃねーな、バレンタイン。
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