青い薔薇
※暗いです。悲恋。
大好きな低い声が遠くから聞こえて目が覚めた。暗闇の中の感触にほっと幸せを感じたのも束の間、その声は携帯電話の向こうのあの子に届けられていることに気づいて目を伏せる。
「ああ…うん、また明日。うん、じゃあな。おやすみ」
「…しんご、」ぱたり、携帯を閉じた音を確認して声をかける。少し掠れた私の声にさらりと髪を撫でてくれて、慎吾が優しく微笑んだのが空気でわかった。
「わり、起こした?」
携帯を枕元に置いて、それから庇うように私の体を抱きすくめる。彼女さんと電話?だなんてヤボなことは聞かない。私を包む慎吾のからだが熱いから。そっと名前を呼ばれて顔を上げれば、すぐ近くに慎吾のかお。ああ私、この目に弱いんだ。こんなに真剣な、色っぽい目で見つめられたら断れないよ。
ちゅ、という音をきっかけに、口づけは次第に深くなっていった。私の体を滑る慎吾の手はやっぱりイヤラシイ男子高校生だ。と思えばぴたりとその手は止まり、代わりに携帯を開いた。「やべ」そう呟いてすぐに、ベッドの下に放ってあった制服を纏い始める。
「電車なくなるからさ…また今度な」
まじ残念、そう笑う慎吾にいつもは泊まってくのにね、って言ってやろうかと思った。でもやっぱりやめた。だってわかってる、明日はあの子とデートだもの。
向けられた背中をぼうと見つめた。あのカッターシャツの下に、明日はあの子の痕がつくのだろうか。私の痕はつけていない。私の手はいつも慎吾じゃなくてシーツを頼る。ひんやりとしたシーツはとても悲しいけれど、痕なんてつけちゃいけない。私がそんな物分かりのいい女だから慎吾は私を抱くんだ。でもね慎吾、私、あなたが思うよりずっとあなたが好きよ。あなたが思うよりずっと苦しんでるの。慎吾にとっては遊びでも、私は……。私という存在の証、私の痕はつけちゃいけない。知ってる、わたし、わかってる。でも、でも、でも、
「…しん、ご」
する、と首に腕を回し、後ろから抱きつく。なんだよ、とくすぐったそうに笑う慎吾の首もとに唇を寄せるとぴたり、空気の流れすら止まった気がした。
「……またな」
するりと私の腕を外しながら立ち上がったあなたは、笑った。けれどその目は笑ってなかった。閉まる扉の音に涙が一滴、零れる。幸せに酔って私、気づいていなかった。私は二番目、それは忘れていない。でもどうしてだろうね、人間は貪欲で、もっともっとと求めてしまうんだ。爪痕もキスマークも許されないのに。慎吾の心も体も時間も笑顔も、ぜんぶ私のものになれば…。押し殺していた気持ちが溢れ出てしまうくらい彼が欲しかったのだと、愚かな私は気づいていなかったのだ。
それ以来、慎吾から連絡が来ることはなかった。彼は今もあの子の隣で笑っているのかと思うと、胸が張り裂けてしまいそうなくらい痛む。今の私はまだ彼の幸せを素直に喜ぶことはできない。でも彼を恨むこともできない。間違っていたとしても、彼と一緒に過ごした時間は確かに幸せだったから。いつか毎日が幸せな恋ができるかな。こんな私でもちゃんと愛してくれる人はいるのかな。この気持ちを乗り越えれば、きっと
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