▽ 六話
「訓練兵いじめたんだって?」
「うるせえあれは必要な演出だったんだ、それより何で来なかった」
「元々行くとも行ってないし…留守を預かる身だからね」
「てめえは俺の指導係なんだろ」
「その話いつまで続くのかな?」
「うるせえばばあ」
「言ったのはそっちなのになぁ…まぁいいや」
巨人が岩で穴を塞いだ。しかしその巨人は卒業したばかりの訓練兵であると言うのだから、全く理解不能である。理解不能だとは思うが、わたしが突然この世界に立っていたこともあるわけだから、別に何が起きても不思議じゃない気はする。その少年の処遇を決める審判の場にわたしは居合わせることは出来なかったけれど、見ていたらしいミケとハンジからリヴァイ曰く、必要だったという演出について聞いて、団長室にエルヴィンと帰ってきたリヴァイに聞けばそう返される。
リヴァイは暫くわたしの下に居た。遠慮がないと言うか何ともフォローのしようがない言葉遣いをする時もある。その度にエルヴィンが居合わせれば窘めるが、わたしは好きすればいいと思ってるので何も言わない。最近はこれについてもエルヴィンから悪い癖だと言われるけれども…。
「で見立てとしてはどうなの?」
「ああ、エレン・イェーガーは恐らく、私達人類の希望になる」
「そう。…貴方がご機嫌ということは、身柄はわたしたち預かりでいいの?」
「ああ、条件としてリヴァイの監視、何かあれば彼が削ぐことになっているがね」
「ドークがよく反対しなかったわね」
「彼は怖じ気づいていたよ、だからリヴァイが言っていただろう?“必要な演出だった”んだ」
「程度ってものがあると思うんだけど…。そのイェーガー少年は何処に居るの」
「地下」
即答…。地下牢ならば暴れたときも削ぎやすいだろうと言う見解らしい。訓練兵かぁ…懐かしいなぁ…初めは真面目にこれ死ぬなって思ってたのに今じゃ調査兵団の団長補佐だもんなぁ…時が流れるって早い。遠い目をしてれば、再びリヴァイにばばあと言われる。若い子達にとったらそりゃばばあよ、悪いか。って言うか地下牢ってわざわざ掃除したのかな、あそこだいぶ使ってなかったと思うんだけど…。
「彼の監視のために、特別作戦班としてリヴァイを班長にした班を編成しようと思うんだ。すべての団員の実績が載ったリストあるかい?」
「…あるかい?って白々しい。作っておいてくれって言ったのは何処の誰かしら」
「………何でてめえは載ってないんだよ」
「悪いが、彼女はわたしの補佐だからね。彼女は除外してある」
「チッ」
「でも特別作戦班を編成するのは構わないけど、拠点はどうするつもりなの」
「旧本部を拠点とする予定だ」
「ああ、あそこ…」
そのあと幾つかを話してリヴァイは自分の執務室に引っ込み、わたしもエルヴィンに渡さなければならない書類を幾つか渡して確認して、既に次の一投を考えているだろう同期を見て目を細めた。訓練兵団に入団してから今年で何年目になるだろうか、壁外に出ると言う危険行為を行う場所に所属しておきながら共にいる年月が数えられることは幸せなことだと思う。まぁそれはエルヴィンだけではなくて、他の団員たちとも言えることだけど。
「熱い視線だな」
「老けたなぁと思って」
「…失礼だなぁ」
「嘘よ、貫禄が出てきたと思って。でもどうして七三にしちゃってるの?」
「特に理由はないが…、君に髪を梳かれるのは心地いいからね。適度な長さを保つとこうなるんだ」
「あらそう…まぁ確かにエルヴィンがリヴァイやミケみたいな真ん中分けは似合わないもんね」
エレン・イェーガーが、わたしたち人類の希望となるのかどうかはさておいて、自己紹介しにいかないとなぁ…。エルヴィンから渡された書類の内容をざっと確認してサインも確認していれば、今度はエルヴィンから熱い視線を感じるので、お熱い視線ねとわたしが言えばああ、なんて返してくる。ああ、じゃないでしょうが。
「なに?」
「…髪長くなったなと思ってな、それでよく立体機動に絡まないな」
「立体機動の時は纏めてるからね」
「ああ、確かに。…久し振りに鬼ごっこをしないか?」
「………………どうしたの急に」
「いや?最近君の立体機動を見ていないなと思ってね」
そうと決まれば行こうか、レディ?なんて立ち上がっておどけて見せるエルヴィンに溜め息を吐く。まだやるなんて一言も言っていないのに、どうやら彼の中では決定事項らしい。今の時間は確かミケのところが立体機動訓練中だったかな、ならばお邪魔しても問題はないな。なんて平然と言うのだから、呆れて言葉もでないけど、反対の意を唱えないのは彼の言う悪い癖なのか。
鬼ごっこは、わたしたち同期の間でやっていたことだ。ただの立体機動の訓練で、操作になれるために教官の許可を取って始めたそれは、ブレードはなし。子供達がやる鬼ごっこの立体機動版で、対人格闘要素もいつの間にか組み合わさって割りと皆が本気になっていた。特にエルヴィンとドークの組み合わせは凄かった。どっちも本気も本気だったし、巻き込まれるとキリがなかった。……こんなことしてたから、わたしたちの代の立体機動が飛び抜けて優れてたと言われる由縁なんだろうけど…果たしてドークは今でも空を飛べるのかな。
「ミケ、君たちの邪魔はしないが飛ばせてもらうぞ」
「…珍しいな、エルヴィン」
「たまにはと思ってな、それでどっちが先に追う?」
「………こっちでいいよ」
「じゃあ始めようか。30秒でいいかい?」
「1分」
「………流石だ」
くすりと笑って、木々のなかに消えていくエルヴィンの背中を見送って、自分のベルトを調整する。隣に立つミケは、断らないのかと言うので、もう惚れた弱味よねと呟く。真っ直ぐいく末を見つめるエルヴィンが空を飛ぶのをしばらく見ていないし、たまにはあの背中を追うのも悪くないかなと思っていたりする。
「エルヴィンが羨ましい」
「寝言は寝てから言うものよ、ミケ。素敵なお嫁さんがいるじゃない」
「アイツは副団長みたいに惚れた弱味で動いてくれる奴じゃないからな」
「そこがいいくせに」
「まぁな」
さて、じゃあ、久し振りに追うとしましょうか。わたしの、唯一の自由の翼を。
2015/04/19
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