▽ 二話
「エルヴィン、君何かわたしに恨みでもあるの?」
「何もないよ、いきなりどうしたんだ?」
「何でわたしが他の兵団に行こうとしたのを止めて、半ば強制的に調査兵団に巻き込んでくれたの」
「君には、薔薇も一角獣も似合わないと思ったからね。それにほら、一人は寂しいだろう?」
「どの口がそれを言う。入団したのは君一人じゃないからね?言っておくけど」
入団式の朝。ドークから護りたい人がいるから憲兵団に行くと言われた。ドークも上位10名に入ってたからいいんじゃないのかと答えた。お前もくるかと聞かれたが、まだハッキリと決めてなかったので考えておくと告げて、何時ものように整列をした。隣に立つエルヴィンは最初から調査兵団一択。ドークは調査兵団を志していたけれど、護りたい人がいるからと憲兵団。…ならば、わたしはやはり無難に駐屯兵団にでも行こうかな。そう思っていて、調査兵団希望者だけが残るように言われ、踵を返そうとしたとき。エルヴィンに止められた。…袖を捕まれてるだけだけど、エルヴィンは真っ直ぐ壇上を見ているし、何を考えているのか分からないこの変人から逃げるだけの労力が勿体ない気がしてため息混じりに姿勢を直す。肩越しに見えたドークはこちらを一度肩越しに確認して、再び前を見た。
「だが、俺の手を振り払えたのに振り払わなかったのは君だ。また諦め癖が出ただろ」
「だから半ば強制的と言ったんだけど」
「今回ばかしは君のその諦め癖のお陰かな」
調査兵団は、あの壁の外に出て巨人を削ぎながら人類に世界を取り戻す組織。けれど何回も何回も壁外に出ていっても有益なことは取ってこれず、大半のものが帰ってこれない。まだ躯の一部があるのは幸せだと言うくらいの過酷な世界に、挑んでいく。まぁだから戦闘能力は調査兵団が一番高いらしいけど、利益と損失が見合ってないので散々な言われようらしいけども。家族もなにもないわたしにはどうでもいい話だ。
この兵団に所属した同期はわたしとエルヴィンを含めて27人。その内、女子はわたしを含めて5人だった。まぁこれでも入った方だと思う。この27人の内で壁外調査から何人が帰ってこれるのだろうか。
「生きることは諦めないでくれよ」
「生きることを諦めてたら、わたしはきっと君と知り合ってなかっただろうね」
「流石に、生きること自体を諦めたりはしないのか」
「諦めてたらわたしは既に死んでるよ」
一番個人個人の戦闘能力が高いからか、兵団に移ってからの訓練は更にハードだったと言うかなんと言うか。そんなのをこなしている内に、わたしたちにとっての初めての壁外調査の日を迎えた。自分の愛馬の手綱を引いたまま、相棒に跨がったわたしを見上げてくるエルヴィンに首を傾げる。
「死ぬなとは言わない。ただ再三言うように、生きることだけは諦めないでくれよ」
「分かってる」
「君だけ離れた配置だとは思わなかった」
「そうね、自分もこう見えて驚いてる」
自分が所属することになった班は、新兵がわたしだけで分隊長直属の班だった。エルヴィンや他の同期は2人ずつ纏まって編成されていたけれど、だからこそエルヴィンは再三同じことを言うのだろう。壁の中とは違うから。約束するとエルヴィンの額にキスをして、手綱を引いて分隊長の元へ向かう。……何か、駄目だな、感覚が麻痺してきてる。慎ましい日本人は何処に行ってしまったんだか。エルヴィン達といると…主にエルヴィンのせいだとは思うけど、何かズレてる気がしてしまう。
初めて壁の外に出て、感じたのは普段の人類は籠の鳥だなと言うこと。ドークは勿体ないことをしたな、なんて気楽なことを思ったのは最初だけで巨人が出てきてしまえばもうそこは生死を賭けた戦場だった。ひとつ前の部隊と言うか班の人が捕まって、悲鳴をあげて、その口に放り込まれ、手足が飛び散った瞬間が理解できなかった。あんなに訓練を積んでいるのに、少なくともわたしより長く居る人だったのにあんなにも簡単に喰われてしまうなんて。
「(…約束、守らなきゃ…)」
ぶっちゃけ、怖いし気持ち悪いし、吐き気催すし、可愛くないしブサイク。出来ることなら今すぐ帰りたい。だけど兵士になる道に足を踏み込んだのはわたし自身だし、此処で諦めたらエルヴィンに呪われそう。作戦通り森に誘い込んで立体機動に移る。ああ、わたしは生きて帰れるかな。
「根性あるな、新兵」
「…どうも」
「初めての壁外調査な上、巨人の口に放り込まれて戦意喪失するどころか、中から項を削いだやつは初めて見たぞ」
「約束破って死んだら巨人よりも怖い奴に呪われそうだったんで…」
壁外にある拠点である古城跡地の敷地内、井戸の近くで巨人の口に放り込まれて、誰のかも分からない血液と巨人の血液をもろ被りした髪や顔、手を清めながら、井戸の近くにある丸太が積んである場所に腰掛ける分隊長に答える。今は、拠点について班員達が集まってくるのを待っているのだが、他の班員達が遅れているのか全然やってこない。
「……おい、先中入ってていいぞ。こりゃぁ多分、来ねえからな」
「………いつもこうなんですか」
「そーさなぁ…まぁでも今日は一人帰ってきたからな、いい方だ」
「……そうですか」
布で顔を拭いて、分隊長に敬礼をしてから踵を返す。正直、巨人の口に放り込まれたとき、あもうだめかなとは思いかけた。でもこんなブサイクに喰われなきゃいけないと自分の中で何かがプチ切れ、気がつけばブレードで中から項辺りをかっさばいていた。
団員達が集まっている広間だったのかなんなのか、物資も積まれているそこに足を踏み入れれば、名前を呼ばれ、振り向いた次の瞬間、ガッと両肩を掴まれる。
「巨人に喰われたというのは本当か!」
「…喰われたというか、口の中に放り込まれたと言うのが正しい。というかエルヴィン、痛いんだけど」
「……諦めなかったのか…」
「わたし的には巨人に喰われるより約束を破って君に呪われる方が遥かに恐ろしいからね」
「………お前ちょこちょこ俺に対して失礼じゃないか?」
「大丈夫、気にしないで。…そっちは全員?」
「いや…そっちは」
「多分、わたしと分隊長しか来れてない」
そうか、と両肩から手を離して、何はともあれ無事で良かったと言われたので、そっちもねと返しておく。思った以上に残酷な世界だった。
2015/04/15
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