中篇 | ナノ


▽ 一話



「よっ…」


 項に見立てたそこをブレードで削いだ勢いで陰に隠されていたもうひとつも削いでみる。
 普通に生きていた平成の時代から、目が覚めたら何時代かも分からない、壁の外には巨人というものがいる世界に文字通り立っていた。その巨人は人間を捕食するだけのただの低脳な生き物であるが、何せ躯がでかいから人類にとってはそれすらも脅威であるとのこと。更には奇行種というまた普通の巨人とは違った巨人が確認されているらしいが、未だ謎に包まれており詳しいことは分かっていない。そんな巨人の脅威から生き残った人類が作ったのがこのぐるっと私たちの世界を囲む壁で、壁の中に巨人はやってこないために、平和を得ている。
 そんな仮初めの世界であろう場所に立っていたわたしは当然身寄りどころか、行く宛も金もない。でも簡単に死にたくはないのでどうしたものかと取り敢えず、見慣れない世界を歩き回って知った貼り紙に書かれた訓練兵。この世界の兵士は日本同様に志願制らしい。兵士になりたい者は訓練兵団というところに入団し3年間鍛えられ、3年後に3つの兵団から所属先を決めるらしい。薔薇を背負う駐屯兵団、一角獣を背負う憲兵団に、一対の翼を背負う調査兵団。その訓練兵団に所属している間は全寮制で、食事だってある。文字通り何も持っていないわたしが、そんなことを知ればどうなるか。結論としては、入るしかあるまいとなるわけだ。
 まぁ入って後悔したのは最初だけだった。兵士育成の場なのだから当然と言えば当然。扱かれる扱かれる。ビッシバッシと扱かれる。何でこんなところに入ってしまったんだ自分と後悔したけれども、逆にわたしが居れる場所は訓練兵団にしかないと開き直ってしまえば後は早い。諦めだ。入団してからは、持ち前の負けず嫌いが発揮したのかなんなのか、特に目立つことなく割と優秀な成績を収めてるのではないかと思う。…………最初はこの立体機動とか対人格闘術とか理解不能すぎで底辺にいたのが懐かしいと思ってしまうくらいにはこの兵団にも馴染んだと思う。


「(…………慣れって怖いなぁ…)」


 見つけた的に近付こうとした瞬間、少し下を過った影にアンカーを別方向に飛ばし、別の枝に着地して私も狙っていた的の項を削ぐ金髪にスカイブルーの瞳をした同期を眺める。狙いも的確、深さもあるし何より真っ直ぐだ。鳩よりも鷲が似合うだろうと思う変わり者の同期。
 まぁ彼の方が早かったのだから仕方無いと別方向へと向かう。同期がギャンギャン騒いでる声が聴こえるのは、いつも通りでそろそろ教官の怒声が飛びそうだと思いながら見つけた的の項を削いだ。


「また諦めていただろう」

「…ああ、さっきの。だってあれは君の方がどう考えても辿り着くのが早かった」

「まったく…君のその、諦め癖はどうにかならないのかい?」

「合理的だと言ってほしいな、エルヴィン」


 先程の件を、わたしより先に削いだご本人様に指摘された。鳩よりも鷲が似合う、エルヴィン・スミス。わたしが元々生きていた平成の時代で自由の象徴とされたていたのは多くの場合鳩だけど。最初から自由を翼を望むこの男にそんな可愛らしいものは似合わないと思う。寧ろ笑える。
 エルヴィン・スミスは、訓練兵団に所属して初めて言葉を交わした同期で、整った見た目と明朗とした喋り方で多くの女性兵士のハートを射止めているものの、本人にその気は一切ないのだから罪な男だ。同期を苗字…こちらではファミリーネームか。ファミリーネームで呼んでいるわたしが唯一、ファーストネームで呼ばせられている唯一の変人だ。


「所属する兵団は決めたのか?」

「いや、まだ決めてないけど…エルヴィンとドークは調査兵団志望だったよね」

「…ナイルは、きっと調査兵団には行かないさ」

「…………………ああ、彼そこまでお熱になってたの?」


 行きつけの酒場か何処かで恋した女性にドークはお熱なようで。一回連れていかれたものの、そこまで記憶に残っていない。まぁでも美しい女性であったように思う。彼女を見て、初めて、そうか、兵士以外でも生きることはできたのかと思ったくらいだ。


「君はいいの?エルヴィン。君だって同じだったとわたしには見えたんだけど?」

「俺はナイルと違ったようでね、ナイルのように志願先を変える選択肢は存在しないようなんだ」

「……知ってたけど、やっぱり、君は変人だ」

「ひどいな、慰めたりはしてくれないのかい?」

「慰めが必要な状態には見えないからね」


 さて、志願先をそろそろ私も決めなきゃいけない。卒団式はもうすぐそこに迫っているし、卒団すれば次は本格的に兵士としての道に進まねばならない。エルヴィンとドークは調査兵団を共に志していたけれど、ドークはきっと調査兵団には行かない。……自分がどこまで食い込めてるのかにも寄るけれど、大半の兵士が流れるという駐屯兵団にでも行こうか。その方が無難な気がしてきた。


2015/04/14

prev / next

[ back to top ]


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -