※及川が前世記憶持ち


 及川徹と影山飛雄はこれまでに何度出会ってきたのだろうか。その数はもう計り知れないけれど、及川徹と影山飛雄が出会った分だけ二人は別れを繰り返してきた。何度も何度も、出会っては別れの繰り返し。もう何度目かなんて、数えることはもう随分と前にやめてしまった。だって数えたってこの運命は終わらない。まだ自分だけではなく、相手も前世の記憶を覚えてくれてたらよかったというのに。なぜ自分だけが、覚えていなくてはならない。できることなら忘れたいのに記憶はいつまでも離れることはなく付き纏う。神様に自分たちの関係を咎められている気分になるから。そうしてひとつのふたりの時代は終わり、またふたりの新しいはじまりは当たり前のようにやってくる。及川は生まれ変わってから、またかとため息をついた。そして次に考えたのは、影山飛雄とはいつ出会うのだろうかということ。きっとまだその時ではないということだけはわかっていた。
 中学三年生になって、やっと影山飛雄と再び出会えたとき、当たり前だが今回も影山飛雄は及川徹のことを知らなかった。
「影山飛雄です。よろしくお願いします」
 これがはじまりだったはずなのに、及川にとってのはじまりはこれではない。もう随分と昔から出会っている。影山が忘れているだけで、本当はずっと昔から出会っている。なのに生まれ変わる度に出会い、また一から関係を築き上げるのはそう容易いことではないのに、それでも及川にとって影山はいて当たり前の存在なのだから、気軽に接してしまうのは最早悪い癖だ。
「飛雄は、前世のことについて考えたこととかある?」
「前世ですか?」
「そう。生まれ変わる前の自分」
「よくわからないです…」
 難しかったかな、と笑う。心の中では悲しみのあまり叫びたい衝動に駆られているというのに、そんなのはまるでお構いなし。
 前世でも、影山飛雄はその世界の天才と呼べる存在だった。及川徹は届かない、届きたくて努力して足掻いても到底届きっこないその天才と呼べる場所に、毎回毎回居続ける影山飛雄はきっと神様に愛されている子どもなのだろう。それじゃあ俺は神様に愛されている子どもにはいつまでたってもなれないんだなと、そういう結果に至る。けれど構わないのだ。それでも悪くないと思える世界だったから。これまで何度影山飛雄と出会ってきたのかは忘れてしまった。ただ単に数えることを放棄しただけなのだけれど、それでも覚えていないのだから忘れてしまったのと同じはずだ。何度出会ってきたのかなんて、関係ない。俺が生まれる世界に、影山飛雄というひとりの人間がいることが大事なのだ。俺の好きな人がいることが大事なのだ。特別なことと言ってもいい。出会っては別れの繰り返しの中、俺と飛雄は恋人同士という関係になっていた。今までずっと。ずっと。きっと、神様に咎められていることに心当たりがあるのだとしたら、この天才と呼べる存在の影山飛雄と俺が付き合っていたことなのだろう。本当は俺が天才と呼べる存在の人の隣に並んでいるのが相応しくないと、そういうことなのだろう。けれど無理なのだ。俺は影山飛雄と何度別れようと、どんなにひどい別れ方をしようと、出会ってしまえば簡単に恋に落ちてしまう。神様は俺と影山飛雄を出会わなさければいいのに。そうすれば神様の望むまま願うままにこの世界は廻っていったはずなのだから。
「あの、及川さんは前世のことについて考えたこと、あるんですか?」
「あるよ。実は俺、前世の記憶を持ってるんだ」
 このことをこの子に言うのも何度目なのだろう。いつだってこのことを話すと、目をやたらきらきらと輝かせて興味を持つから、その姿があまりにも愛おしいから、思わず話してしまう。そして今回も例に漏れることはなく、飛雄は目をきらきらと輝かせて「ほんとうですか!?」と興味を示した。バレーボールを手に持って。
「ずっとずっと前の記憶も持っていてね、俺はある人とどの世界でも恋人になっているんだ。あ、このことは内緒だよ? その人はどの世界でも前世の記憶を持っていないんだけどそれでも俺と、及川徹と恋人になっているんだ」
 その人っていうのはお前のことなんだけどね、と、そう思いながら囁きかけるように教える。相変わらず目をやたらときらきらと輝かせて、俺の前世はどうだったんだろう?と考え込んでいた。

 あれから数ヶ月経ったが、影山飛雄が及川徹に恋をする模様は一向に見られることはない。むしろあまりにも無さすぎて不安になってしまうくらいだ。今までなら既に恋人同士になっていてもおかしくないというのに。及川ばかりが影山飛雄に恋をしている。まるで愚かで、滑稽で、見ていられないぶざまな姿になり果てて。それでも世界の神様というものは及川徹にそこまで厳しいものではなかったらしい。そのことを及川徹は初めて知る。神様は俺のことをいつまでたっても天才にはしてくれないけれど、この世界の及川徹にとても素敵な幼馴染みを与えてくれた。岩泉一というひとりの幼馴染みの少年のお陰で、及川は影山に振り向いてもらえなくてもこの世界をそこそこ楽しめていた。しかし及川がこの世界を楽しむ度に、幸せになっていく度に、影山飛雄はひとりぼっちになっていく。この世界では影山飛雄みたいな天才は不必要だと言われているようだった。見ていて痛々しいくらいにひとりぼっちになっていく影山飛雄を、及川はどうすることもできなかった。
 久しぶりに飛雄と帰り道を共にする。なにを話そうか及川は必死に思考回路を巡らせていると、珍しく影山から話をしてきた。きっとこんなことは、もうないのかもしれない。
「そういえば昔、及川さんは前世の記憶があるって言ってましたよね。それとある人と毎回恋人になってるって」
「うん、そんな話もしていたね」
「俺にも前世がきっとあって、前世の俺がどんな人生を送ってたか、及川さん知ってますか?」
「…え、」
 あまりにも真剣な眼差しで言うものだから思わず口ごもってしまう。以前みたいなきらきらと輝かせているような瞳ではない。あの頃よりも輝きは欠けていて、それでも純粋さは残っているような瞳だった。
「前世の俺も、ひとりぼっちだったんですかね」
「違うよ!」
 叫んでしまってから急いで口を閉じてみたけどきっともう遅い。飛雄の瞳はすでに反応してしまっている。
「あのね、飛雄は俺の恋人だったんだ。前世の世界で、ずっと。ずっとずっと恋人だったんだ。もう何回も何十回も飛雄は俺の恋人でさ、どの世界でも飛雄は何かに特化した天才だったんだよ」
 そうして、昔のことを久しぶりに口に出してみる。これまで二人が共有してきた思い出を、二人が過ごしてきた時間について全てを教えた。久しぶりに口に出してみれば、この世界での及川徹と影山飛雄の関わりがあんまりにも少なすぎて、切なくなる。胸が苦しくなってしまいそうだ。けれど、こんなにも過去の世界について教えたのはこの世界がはじめてだった。そして及川は忘れていたことも忘れたかったことも、だんだんと思い出していた。思い出す度に影山飛雄を愛する気持ちは強くなっていく。
「ここまで話しておいてなんだけど、俺、飛雄のことが好きなんだよね」
 そう言って笑えば、飛雄はあからさまに顔を赤く染め上げてから、返事をくれるわけでもなくどこかへ走り去ってしまった。追いかけることが最良の答えだということはわかっていたけれど、追いかけることを及川は躊躇してしまい、その間に飛雄の姿はどこかへ消えてしまう。もう追いかけるには、彼の姿はあまりにも見えなさすぎる。あたりを見渡してみても見慣れた後ろ姿は見当たらないことを確認したら、ため息を深く吐いてしゃがみ込む。やってしまったと後悔をして、でももう言ってしまったのだからあまりにも手遅れだ。知らない女の子に大丈夫ですか?と声をかけられて、この女の子に恋をすることができたらどんなに楽なのかとか、そんな最低なことを考えてみたけれど、結局のところ俺はあのバレー馬鹿な影山飛雄しか愛せないのだろう。
 翌日から、飛雄に避けられるようになってしまった。今まであれだけ練習中に熱い視線を送られていたというのに、それがなくなってしまえば不自然だ。理由など分かりきっているから対処などしようがない。ボールを手渡ししただけであんなにも顔を赤く染め上げて俺のことを避ける飛雄を見てると、この恋を諦めることすら馬鹿げたことのように思えてしまう。嫌ならもっと嫌な反応をしてほしい。そうでないと俺は期待をしてしまう。もしかしたら俺のことを好きになりかけてるかもう既に好きになってくれてるんじゃないかな、とか、俺の恋人になってくれるんじゃないかな、とかその他もろもろ。これまでの世界でもあんなにも愛を囁きあっていたのだから、好きになってしまうのは最早不可抗力みたいなものだろう。嫌いになるのは一瞬だと誰かが昔言っていた気もするけど、俺は好きになるのも一瞬だと思う。そうでなければ俺は影山飛雄にこんなにも溺れてはいないはずだ。この世界ではまだそのような関係には踏み込めていないけれど、だからこそ好きを与えてもらえないことをご飯をお預けにされているようなもので、今にも死んでしまいそうなのだ。
 影山飛雄が及川徹と過ごしてきていた過去の世界について少しだけでも、本当に一部だけでも覚えてくれていたなら、何かが変わっていたんじゃないかって及川徹はそう思っている。実際のことは起こっていない過程での話だからわかりやしないけれど。それでも考えてしまう。もしも影山飛雄が及川徹のことを覚えていてくれたなら、もっとこの恋はスムーズに進んだはずだ。二人でいられる時間がもっと増えたはずだ。そんなことばかり考えて、まあ無理なんだけどねとひとり嘲笑する。そもそもこれは罰なのだ。この繰り返しの出来事を罰だと、少なくとも及川はそう考えている。これは自分への罰で、その罰に影山飛雄というひとりの少年を毎回付き合わせるのも悪いしこれでいいと、どこかで思っている。そもそもこの罰を終わらせるには、自分が影山飛雄への想いを断ち切ればいいだけだということも、きっと及川はもう気が付いているのだろう。けれど無理なのだ。また出会う度に恋に落ちていく。出会うことは終わりなのだ。出会いは終わりで、別れは始まりなのだ。出会うことで及川はまた生まれ変わることを悟ってしまうし、別れはそのスタートラインにまた立つこと。その繰り返しだけで及川は成り立っているのかもしれない。二人の終止符を打てるのは及川だけなのに、それをしないということはつまりそういうことかもしれない。

 けれど、けれどこの状況は、本当はチャンスと捉えることもできるはずなのかもしれない。この繰り返しに終止符を打つチャンス。
そう考えてみるけれど、影山飛雄と一緒にいない自分なんてあまりにも想像できない。もしこの世界で終止符を打つのなら、次に生まれ変わりをしたらその時の自分はなんなのだろう。今まで過ごしてきた記憶なんてものは跡形なく消えてしまっていて、真っ白になっているのだろうか。
「及川さん」
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。とてもとても愛しい声。もう随分と長い間呼んでもらえなかった気がして、本当は寂しくて、この声の正体はきっと――。
「及川さんってば」
「なあに、そんなに呼んじゃって」
「あの、俺」
「話があるんでしょ?」
 はい、と小さく答えてくれる。自分よりも幾分か低い位置にある頭を見つめ、とても綺麗な頭の形だなあとか、そんなどうでもいいことばかり考えてしまう。
「俺、及川さんがこの前言ってた話、どうしても嘘とかつくり話に思えないんです」
「だって本当のことだもん」
「及川さんは俺のこと好きで、その、付き合いたいとか思ってるんですか?」
 思ってるよ、と言えばこの前のように顔を赤く染め上げる飛雄のことをとても愛しいと思う。可愛いとも思ったけれど、きっとそれを口に出せば可愛くないですと唇をとがらせるのだろう。久しぶりに話をしたということをわかっているのだろうか。俺は避けられている手前上話しかけられなくて、もうずっと話していなかったということを覚えているのだろうか。飛雄なら無意識で行動をしていたと言われても有り得るから少し聞けないでいた。
「飛雄のことを世界中の誰よりも愛している自信はあるけど、無理に付き合いたいとか言わないから安心して。けど、飛雄はもう俺のことが好きになってるんだと思うんだ。だからはやく俺のところへ来てね」
 もう暫くの間は終止符を打つなんて行動はできそうにない。下手したら、これから先もずっと。けれど、この愛しい愛しい影山飛雄がいるのなら、これから先もまた出会っていけるのなら、それもまあ悪くない。

全部知ってるよ/150323



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