「…あーあ、財前のやつ。すっかり眠りこけよって」

とりあえず仕事は見ながら覚えますわ、と言って部活後に部室に居残った財前はいつの間にやら夢の世界へとおちていた。
珍しく歳相応なその寝顔を見つめて、思わず口元が緩む。

「ざいぜーん、仕事覚えるんやなかったんかー?…はは」

備え付きの簡易ベンチに蹲って眠る次期部長にそっと近付いて、その柔らかな頬をそっと撫でる。すうすうと聞こえる穏やかな寝息にジワリと胸に熱が広がった。
大人びているとは言え、まだこんなにもあどけない表情をするのに。俺たちの夢を背負おうと必死に背伸びをする可愛い後輩は、まだこんなにも小さい。

「しゃあないやろ、今は…」
「…分かっとるよ」

部活を仕切って。金ちゃんのことも構って。きっと、一人でめっちゃしんどいんやろな。俺だってそうやった。
上手くやれたときの達成感、やり切ったときの充足感。それは確かに人一番感じることができる。でも、その代わりに俺たちは想像以上の責任と苦労を抱えなければならない。ホンマ、奇特な役職やろ。なあ財前。
その場所に立った者しか気付けないこと。それはたくさんある。これだけは、どれだけ寄り添えても、理解なんてできない。


「…小石川、アレ」
「おん」

小石川が持ってきたブランケットを受け取って、大切な大切な後輩をそっと包む。
今日も随分と金ちゃんに手を焼いていたようやな、財前。やっぱりお前も毒手やったらええよ。なんて。

「見守るしか、無いねんな」
「せや…俺たちは手、出されへんから」

どんなに心配して、どんなに労わって、どんなに理解してやれても。俺たちができるのはそこまでだ。
もう俺たちが前線に立つことは無いし、立つことはできない。金ちゃんのことも、部活のことも。これからは全て財前の方針によって回っていかなければならない。

「無理せんとええけど…」
「それ、お前が言うか?」
「…何やねん健二郎。それじゃ俺が無理ばっかしてたみたいやん」
「してたやろ」
「して………へん、とは、言わんけど」

穏やかな空気に身を任せて、そろりと隣の小石川に寄りかかる。思わず健二郎と呼んでしまったことはスルーしてもらいたい。

「…忘れたか?お前がまだ、部長になりたての頃」
「あーもう…やめてや、その話」
「何で?俺はあれのおかげでお前の弱いとこいっぱい知れたんやで?…めっちゃ嬉しかったわ」
「健二郎って何かあるとすぐそれなんやもん…」

肩に乗せた頭を柔らかく撫でながら低い声で囁く小石川に、顔が熱くなる。

「財前は、大丈夫や」
「……分かっとる」
「だって俺たちの後輩なんやで」
「……ん」

財前を次期部長に指名したのは紛れも無く俺だ。財前しかおらんって思ったからだった。
でも、俺が感じてきた重みを財前に継がせるということに多少なりとも後ろめたさがあったのは、認めざるを得ない。
次々と囁かれる言葉に、胸中に篭りきっていた不安がジワジワと融解していく。

「絶対乗り越えるわ、コイツなら」
「……おん」

俺が一人で張り切りすぎたとき。小石川はいつも俺を静かに宥めてくれた。今だってそうだ。
俺が一人で全部をこなそうと奮起し過ぎたとき。小石川はいつも寄り添って俺をたしなめてくれた。ずっと、そうだった。
お前だけがアカンくなってもしゃあないやろ。俺だってお前と一緒にアカンくなりたいねん。そんな拙い言葉を聞いたのはいつのことだっただろう。





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