恥ずかしさだけで死ねる構造がもしも人間に備わっていたとしたら、俺はきっと幾度と無く千歳に殺されている。即死、瀕死、色々含めたらただ事ではない。
俺にとって千歳の言動とはそれくらいの衝撃を伴うものなのである。

手始めに、とばかりに殺されたのは最初の顔合わせの時。
忌々しすぎて未だに払拭できない思い出だ。いや、思い出などという煌いたものではない。あれはもう事件と呼んでいい。つまりそれくらいのダメージだったということである。

顧問のオサムちゃんから「コレよろしく」と差し出される前からその余りにも大きすぎる身体が気になって仕方がなかった。
オサムちゃんの後ろに隠れきらないその巨体。一体どこの熊を連れてきたんや、と思った。

「えっと、コレ。千歳な」
「………」

唐突過ぎる紹介に言葉を詰まらせてしまった俺を見て、オサムちゃんが困ったように頭を掻く。多分オサムちゃんもテンパってるんだと思う(だって帽子が逆さまやねん)。

「千歳千里。お前も名前くらいは知っとるやろ?…今日からウチのテニス部やから。とりあえずお前が世話係っちゅーことでひとつ、よろしく頼む」

ゴメンな、というような視線を密かに俺に送りながらオサムちゃんが下手くそにウインクをする。それで人が言うことを聞くと思っている辺りが古い。まあ聞くけども。


…千歳、千里。

初めてその名を聞いたのがいつだったのかは思い出せないけれど、とにかく名前は知っていた。それなりに中学テニス界に精通していれば聞いたことくらいはあるだろう。
九州を統べる二翼の片方。たしか無我の境地の第一人者だとかって話だ。

珍しすぎるタイプの転入生到来に部員全員が浮き足立っているのが手に取るように分かる。いつもは真面目にネットを張り始める1年生も、早々に外周を始める2年生も、3年生もレギュラーも、皆こちらの動向を盗み見ている。分かる、分かるけども。
だからこそ俺は早いところ事態を収拾して部活を始めなければと思っていた。そう、思っていた。それなのに俺の頭には何の言葉も浮かんでいなかったのである。
ただ一言「よろしく、俺は白石や」と言って左手を差し出せばそれで済むのに、何故なのか俺の口からは社交辞令すらも滑り出さない。
ただひたすらに千歳という男を凝視してしまっていた。

そしてその千歳も、言葉を紡がない。何故か同じように俺を凝視している。
場はもはや硬直状態。オサムちゃんが苦笑いしながら俺と千歳の睨み合いを見守っているのが視界の端に見える。

「…………」
「………んー…」

決して逸らしてなるものかと半ば意固地になって千歳の首元辺りを睨んでいると、見つめていた咽仏が小さく震えて千歳が不服そうに低い声を出した。

「…んー……」

千歳は再度唸りながらその伸び放題の長身を屈め、先ほどから細めていた目を更に細めると、不思議そうな表情で俺の顔を見つめた。いや、近いんやけど。
間近に迫る男性的な顔立ちに、俺の中のコンプレックスが小さく燻るのが分かる。


「渡邊センセ」
「おん?」

「こん女の子、なん?」


至近距離で俺を見つめながらそう言い放った熊野郎の間抜けなキョトン顔を、俺は多分一生忘れない。




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