「…………」
「………ゆ、きむら」
「………、」
「……それ…ほん、とうか?」

視界の端でうろたえる仁王を捕らえながら、しまった、と思った。
伝える気なんてさらさら無かった数分前までの自分はどこへ行ってしまったのやら、俺の口は脳みその制御には従ってくれなかったようだ。

「……幸村…?」

でも。

「…なあ、幸村……」

俺は間違っても。


「……あぁ、本当だよ」


否定など、できやしなかった。


「俺は、嫉妬したんだ。…赤也に」
「し、っと…?」
「お前の手首の痣を見たとき、これを刻んだ犯人を見つけて…、それこそ刻んでやりたいと思った」
「………」
「赤也がお前を抱いたと言ったとき。…お前が居なかったら俺は赤也に何をしていたか、わからない」

それくらい好きなんだ、と呟いた声は痛々しいくらいに揺らめいていて。自分の声じゃないような気すらした。
半ば搾り出すかのような小さな声は仁王の耳に届いただろうか。もう一度なんて、とてもじゃないが言えない。

「幸村…、本当、なんじゃな?」
「…あぁ。俺は、お前が好きだ」

拷問に近い質疑応答。
こんな、自分の感情すら凝固していない状態で伝えてしまうなんて。俺はなんて愚かなんだろうか。


「…………は、はは…」
「……仁王?」

「実は、な。俺、も…なんじゃ」


………は?



「な、んだって…?」
「…俺も、…好きなんじゃ」

俺のジャージをギュ、と握り締めると、仁王はそろそろと顔を上げた。

「ていうか…、ずっと、好きじゃった」
「…お前…何言って…」
「嘘じゃない」

突然のことに停止しかけた大脳を懸命に叩き起こしながら仁王の言葉を理解していくが、もはや訳が分からない。
…俺のことを、ずっと、好きだったと言っているように聞こえるんだが…。これは、現実か?

「だ…って、じゃあ赤也は?」
「何で…赤也?」
「お前、身体許したんだろ」
「だから、赤也が好きだって言うんか?」
「…違うのか」

仁王はフッと笑った。

「ばーか」
「……なんだと」
「だって、お前さん。本当バカじゃ」
「何がバカだって言うんだ」

くつくつ、というよりは、くすくす。
無邪気と言ってもいいくらいの笑い方で、仁王は俺に抱きついてきた。

「……っ、お前、やめ」
「なんでじゃ?」
「………な、んでも、だ」

こいつ、本当はこんなに嫌味なく笑えるんだな。というのが率直な感想。しかし直後に襲いくるこのあまりにも無防備な詐欺師の行動に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
俺は湧き上がる謎の欲望と己の理性を必死に叩き合わせながら、この不可解な状況をやり過ごそうと躍起になった。

「幸村は俺のことが好き、俺も幸村のことが好き。…それじゃ、足りん?まだそれ以外に何か必要?」
「あか、や、は……」
「赤也は俺のことが好き、…でも俺は幸村のことが好き。…まだ足りない?」
「………俺は…」

…だって、これはマズいだろ。

他者は居ない、イコール2人きり。他者は来ない、イコール邪魔は入らない。目の前にはずっと焦がれていた存在、イコール仁王。
その仁王と言えば、俺の首元に白い腕を巻きつけていて。しきりに俺に愛を囁いていて。
俺が嫉妬で狂いそうになった相手よりも、俺を好きだと、囁いていて。

そして、俺の背後には。




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