「お、れが…。誘ったんじゃ」 「………は、?」 きゅ、と胸が鳴る。俺の喉から出た声は自分が思っていたよりも酷く無機質で掠れていた。 仁王が、誘った…だと? 「アイツは…。赤也、は…、一度キレると、しばらく興奮が治まらんじゃろ…」 「…あぁ、そうだな」 「帰り道で、一緒になって…。したら、何か、キレて、て」 「………」 「可哀想、だったんよ」 そう言った仁王の瞳に、嘘は無かった。多分、本当に哀れに思ってしまったんだろう。 「何があったかは、知らん、かった。…けど、キレてる自分に、振り回されて混乱してる、っぽくて」 「…うん」 「よく、分からんけど…。治めてあげた、くて」 「……うん」 「…“俺に、ぶつけてみるか?”って、…言ったんじゃ」 その場面が余りにも鮮明に想像できてしまい口元を噛む。むしゃくしゃしてる赤也。そして、それが可哀想で仕方のない仁王。 仁王は人の心の動きに敏感な分、自分がそれに飲み込まれてしまいがちなところがある。 一見他人なんてどうでもよい、というような印象を受けてしまうような空気を纏ってはいるが、その実はすごく繊細で。 可愛がっている赤也の事なら尚更だ。無意識の内に赤也の心のマイナスな部分に敏感に反応してしまったんだろう。 「赤也は、イライラしとった。でも、俺を見て、ちょっとだけ落ち着いたみたい、で」 そんな様子を見たら、もう仁王は見捨てることなど出来ない。 「だから、“好きなようにしてもいい”って言ったんじゃ」 「……その結果が、このザマか」 仁王の手首に視線を落として呆れるように呟く。言っておくがこの失望は仁王に対してではなく赤也に対してだ。 自分の感情もコントロールできないで、他人の好意に甘えて。その上、傷まで付けて。しかも仁王を。 「はは、本当にな…」 薄っぺらい笑みを浮かべながら仁王が顔を伏せた。眉尻が下がった仁王の顔など初見にも程がある。 「…でもさ。………お前、後悔なんてしてないんだろ」 「……こう、かい…」 「それで赤也が一時でも助かったなら、って。思ってるんだろ」 責め立てるように言うと、仁王は黙った。 この無言は、紛れも無い肯定。 …多分。 本当に、多分、だけど。 身体を暴かれるのは、仁王にとって初めてではない。 少なくとも数回の経験はあるんだろう。男相手に、受け入れる側の立場としての経験。 だってそうでなければ、怒りで興奮している赤也相手にそんなことは言えるはずもない。手首を縛られることも、乱暴にされることも、予測できない仁王ではないはずだから。 「人を慰める方法なんて、俺は……ソレ以外に知らなかったん、じゃ」 「……………」 「赤也、が、俺相手で勃ったときは…ははっ、驚いてもうたけど…。でも…それで赤也の気持ちが、鎮まるなら…って。……確かに、幸村の言う通り。後悔は、しとらん」 ひとつひとつの言葉を探るように口にする仁王を見て、俺はわけの分からない感情に苛まれた。 仁王にそこまで思わせる赤也に酷い嫉妬を感じる一方で、“慰め”と言い切った仁王への安堵。 「でも、まぁ…。手酷くヤられたのは、ちょっと…つらかったなり」 そう言って自嘲気味に微笑む仁王が、信じられないくらい綺麗に見えて。俺は戸惑いと訳の分からない欲望で押し潰されそうだった。 身体自体は成人のそれと変わらないが、仁王はまだ14で。中学3年で。達観しているようで、まだ幼い。でもそれは、俺も同じだから。 「…なあ仁王」 「……ん」 「俺は、お前が好きだよ」 仁王の瞳が大きく開く。 ほぼ無意識に言葉にしてしまったその告白は、静かな保健室に更なる静寂を生み出した。 → |