「仁王、手首の手当てをしてあげるよ。おいで」

「え、」


仁王の右腕を掴み部室へと連れて行こうとすると、当然のように赤也が騒ぎだした。だがそんなことはどうでもいい。
今は一刻も早く赤也から仁王を遠ざけたいと思った。そして俺も、赤也から離れなければと思った。

そうしなければ赤也をどうしてしまうのか自分でも分からなかったのだ。

自分の中に逆巻く、ドス黒い何かがじわりと熱を伴って身体中を駆け巡る。この感情に名前をつけるならばきっと、「不愉快」以外の何物でも無いだろう。


「赤也、真田に仁王と俺のことを言っておいてくれ。すぐ戻る」

抑え切れない感情が声に滲み出てしまったせいなのか、赤也が少し怯んだように見えた。
いや、今はそんなことどうでもいい。

「ゆ、幸村部長!仁王先輩は俺とっ、」

「……赤也、これはお願いではないんだ」



命令、だよ。







どんな顔をしてしまったのかは知らないが赤也はあの後しり込みしながらも真田に報告に行った。
それを見届けてから俺たちは部室に向かったわけだが、異様なほどに仁王が大人しかったので俺は少し不安になる。

話から汲み取れば、二人はそういう仲なのだろう。少なくとも体の関係を結んだ、そんな関係。
仁王の様子から見て“容認している”というよりは“甘受している”ように見えた。
やむを得ず、受け入れざるを得なくなっている。

二人の間に何があるのかを微塵も知らない自分がここにいるよりかは、二人で話し合わせた方が良かったのかも知れない。
だが、仁王のあの歪んだ表情を見たらそんなことはできるわけもなかった。

こんなに可愛くて綺麗でしたたかな仁王を、傷つけて愉しんでいるだなんて。
子供というのは本当に何をしでかすか分かったものではない。(ひとつ違いであっても赤也と他では差がありすぎる)


しゅるしゅると包帯のこすれる音が部室に響く。
先ほど貼り付けた湿布のにおいが鼻をさすが、包帯を巻き終わる頃にはもうほとんど感じなくなっていた。

その間、仁王は何も言わない。
ただただばつの悪そうな顔を伏せるばかりで、俺の顔すら見ようとしない。

進展しない空気を見かねて気休め程度にチラチラと仁王を見やるがそれすらも仁王には届かなかった。


……気にしていない、と言えば余りにも大嘘になってしまう。
だからと言って問いただすことも憚られるのは、仁王の様子がおかしいから。
いつのも仁王らしくない。いつものあのシニカルな表情はすっかりとナリを潜めてしまっている。…おかしい。


「……はい、終わり」
「…………」

包帯を巻き終わり、できる限りの柔らかい声で話しかけるが仁王はやはり何も言わない。

無言。
ただただ救急箱を整理する無機質な音だけが空間を支配していた。






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