いつもより重く感じるテニスバッグを左肩に担ぎ、歩き慣れているはずの見知らぬ道を迷わず歩く。不思議な気分だった。実感というか、現実感がまだ身体に戻ってきていないんだろうと思う。いつものことなのに、いつものことじゃないような。そんなアンバランスな感じが酷くもどかしい。 「あー…腹、減った」 いつもは減らない腹が今日は朝からの騒動のせいか珍しく空腹を訴えていた。 部室に着いたらまず丸井のロッカーから菓子でも拝借するか、などと考えながら歩いていると、背後からよく知った軽快な足音がコチラに向かっていることに気付く。 「におー先輩!」 「うあっ」 背中に感じる生暖かい感触。 じわりと胸に熱いものが広がった。 「おはよーッス!」 「…、赤、也…」 馴染みのある声。 そして、覚えのある顔。 「……?どうしたんスか?なんか、元気無いみたいッスけど…」 「いや…別、に」 …変だな。俺、なんでこんな安心してんだ。いつもの、赤也じゃないか。何を感動してるんだ俺。 「また寝不足だったり?昨日は何の映画見てきたんスか?」 深夜から朝にかけて終わることのない映画(しかも重度のSF作品)を見ているような気分なんだ、とは言えなかった。 代わりに「ガキには理解できんような摩訶不思議な映画じゃ」と答えると赤也は「たった一個しか違わないくせに!」と予想通りに拗ねた。 ハルのことは、かなりの速度で受け入れ始めている。だが未だに俺の生活の中に入り込んできた異物であるという点は拭い切れない。 なんたって俺は中学生で、部活でやってるテニスが楽しくて、そこそこ勉強ができて、ちょっと捻くれたところがあるペテン好きな14歳。 あいつは俺に助けて欲しくてこの世界に来たのだと言っていたが、正直俺がヤツにしてやれるようなことなど一つも思い浮かばないのである。 「そんなふわふわな感じで、朝練出られるんスかね。副部長にどやされそー」 「ふわふわ…?」 「ハイ。なんか、今の仁王先輩はそんな感じッス」 赤也の表現力が正しい道を行っているんだとすれば、俺は今相当頭が空っぽになっているように見えるらしい。 当然だ。なんたってもう「考えること」は身体と理性がほとんど拒否しているからな。ハルが悩みの種などとは言いたくないが、少なくとも花粉というきっかけを運んできた蜜蜂くらいの責任はあるはずだ。 |