「向かいは姉貴の部屋。トイレは部屋出てすぐ右。9時には姉貴も仕事だから、出るのはそれから。ちゃんと家の鍵を閉める音が聞こえてから出るんじゃぞ」

「うん」

「シャワー浴びたかったらタオルはこの棚ん中。着替えは黒いクローゼットに全部入ってるから、どれでも自由に使いんしゃい」

「ありがとう」

「昼頃には帰ってくるから飯はそれからな。もし待ってる間に腹減ったらキッチンに行って適当に食っていいから。キッチンは階段下りて突き当たりの部屋を左に行ったとこ、多分すぐ分かる」

「わかった」

「…よし。じゃ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃいマサくん。気をつけてね」

一通りの約束事項を確認して、自室を出る。なんだか知能指数の高いペットを飼い始めたような気分だった。

部屋を出る瞬間に見えたハルのどことなく不安そうな顔が胸を掠めて思わず頭を振るが、寝不足による頭痛が助長されるだけだと途中から諦めた。可哀想だけどこればっかりは仕方が無いんじゃ。俺だって無事に卒業したい。

重い足どりで階段を下りつつリビングを覗くと、姉貴がソファーで新聞を読んでいるのが目に入る。珍しく早起きじゃな、と思いながらリビングへ入ると「おはよ」と言われたので「ん」と返した。

「雅治、朝ご飯は?」
「要らん」
「あ、そ」

未だ寝巻きのまま新聞を翻している姉貴を一瞥し、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出す。今日は放課後の部活に出ないから…2本でいいか。あとの2本はハルが飲むかも知れないしな。うん。

「雅治、今日あたし帰り遅いから」

テニスバックにペットボトルを詰め込みながら時計を見ていると姉貴が新聞から顔を上げずに言った。しめた、と内心で呟きながら「へえ」と返す。

「珍しく残業でもするんか」
「接待よ、接待」
「ふーん。酔いつぶれて帰ってきても介抱せんから自力で部屋まで行ってくんしゃい」
「あら冷たい」

スッピンでも割と見られる顔をしている姉貴は化粧にあまり時間がかからない。時間ギリギリまで寝ていられるのよ?スッピンばんざーい、などと諸手を上げていた姉貴をふと思い出し、やっぱり血は繋がっているんじゃのう、とぼんやり考える。全てを差し置いてでも睡眠を貪りたいという思考は俺も同意せざるを得ないところだ。

「じゃ、俺もう出るから」
「いってらっしゃい」

白く細い手をひらひらと振りながら俺を送り出す姉貴を振り返り、ハルがイイ子にしてますようにと願いながら俺はやっとこさ家を後にした。

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