俺が思考の迷路をぐるぐると彷徨いながら悶々としている間に、早くも靴箱の付近まで辿り着いてしまったようだった。
……駄目だ、早すぎる。まだ何も解決していない。いや、むしろ解決どころかここまで問題しか生じてないのだけれども。

ガラス戸から吹き込む冷たい微風が廊下を辿って俺の髪の毛を僅かに巻き上げた。
冷えた風が額に浴びせられると頭の中が静かに冷えていくようで気分は良かったが、落ち着いてなどいられない。いや違う、落ち着くべきなのではあるが、そういうことではなくて。

思わずぼう、としてしまっていた自分に気付き慌てて意識を掻き集める。ここからが最大の難所だと言うのに呆けてなどいられない。
しっかりしろ、しっかりするんだ白石。俺を誰だと思ってる?

我輩は白石である。名前はまだ(わから)ない。


前方をトコトコと歩く金髪が全然振り向かないのを良いことに、俺はできる限り目を細めて“白石”というプレートを遠目から探した。
視力は悪くなかったはず。頼む、見えてくれ。頼む。俺は祈るような気持ちで目を細める。なんせこの「ゲタ箱」をスムーズにクリアできなければこれまでの努力が水の泡なのだ。
つまり、今までの演技が全て無駄になるということ。それは絶対に許されない。ここまで隠し通したのなら、最後まで押し通してやる。

だって俺は無駄なことが嫌いだ。

さすがに自分のゲタ箱を見つけられなかったらどうにもならない。いくら相手がアホっぽくてもこればかりは誤魔化しきれるとは言い難い。
日常的にしていることなのだから、出来なければ不自然というレベルではない。

白石…白石……。

だんだんと近づくゲタ箱に焦りを感じながらも必死で目を凝らす。早よせな…、白石…どこや……白石…どこや…白石…。

これでもかと言うほど眉間に皺を寄せ、数メートル先を凝視する。

白石……白石はどこや………白石、……、……ん…?…っ、し…らい…、し……っ?


「………、ぁ……」

その瞬間、俺の口から9割吐息と言ってもいいほどの声が漏れた。

「(……こ、れは、マズい)」

自分でも発したのかどうかよく分からないほどのその感嘆は、金髪に届くことなく蒸発する。
しかしそれはただ単に、驚愕のし過ぎでほとんど言葉にならなかったに過ぎなくて、事実、俺の心の中は先ほどまでの困惑が吹き飛ぶほどに荒れ狂っていた。

だって。だって。
こんなことってあるか?
こんなことあっていいか?

俺は天に向かって唾を吐いたことも無ければ、神様を無碍に扱ったことも無いし、ご先祖様だって大切に思っている。
それなのに。
今回ばかりはその神様というものを恨む以外見つからなかった。


何故なら。
“白石”のゲタ箱は、2つあったからだ。


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