己の中に広がる無限の混乱と羞恥をどうにかひた隠しにしながら、俺は金髪の後ろを付いていった。

短時間のうちにさまざまな可能性を考えたがどう考えても俺のこの左腕は不審以外の何物でも無い。…しかも何故か、非常に重量感と圧迫感がある。まるで、何か金属のようなもので腕を覆われているかのような…。
……いや、さすがにそんなところまでいったら最早不審者という言葉だけでは片付かないレベルだろう。

俺がはじき出した左腕への弁明は、どれもこれも万人が納得するに値するものでは無かった。


「白石」
「んあ!?」

俯きながら頭を抱えていると、突然金髪が俺の名前を呼んだ。珍妙な声をあげてしまったことは大目に見てもらいたい。

「何をそんな驚いてんねや」
「い、いや。別に、何でもあらへん」
「………」

危ない、ホンマ、危ない。
こんな調子じゃ早々にボロが出そうや。いや、実際もういくつかは出てしまっているのだが、それにしたってもう隠し切れへん…。

「…なあ白石、やっぱりお前おかしいで?まだ寝てた方がええんちゃう?」
「そ、んなことあらへん。戻れるから…、大丈夫や」
「そうか?…そんなら、ええけど」

己の名前が“シライシ”であることは受け入れたつもりだったか、やっぱりまだ違和感はある。長年連れ添ったはずの名前に違和感を感じることに悲しさと切なさを抱いた。

「……で?なんか話あったんちゃうの」
「あぁ、えっと、あのな。金ちゃんのことなんやけど…」

必死で平静を装いながら視線を定めようとしていると、金髪の口から先ほどの名前が出た。ポリポリとしきりにこめかみを掻きながら口篭り、言いにくそうにしている。

……キンチャン。
おそらくは、キンちゃん。愛称か何かだろう。キンタなのかキンジロウなのかは知らんけど、確か…、俺にボールをぶつけた奴やったはずやな。

「え、あぁ。うん、キンちゃん、な」

イントネーションに気を遣いながら発音してみるがいまいち自信がない。金髪の発した“キンちゃん”を思い起こしながら、まぁこんなもんやろ、と思った。

「人ひとり気絶させるくらいの速球なんてスゴいよな、キンちゃん」
「……速球ちゅーか、剛球や」
「ははっ、そうやな」

嫌味を言ったわけではなかったが何だかそういう響きになってしまったかも知れない。俺って嫌味とか言うキャラなんやろか。周りの人間を全く知らない以上、できる限り敵を作りたくないという気持ちはあった。

だが、事実そいつは俺の記憶をブッ飛ばした張本人なわけで。そいつのおかげで俺は今こんな素晴らしい混乱に巻き込まれているわけで。
それなら嫌味の一つや二つくらいは許されてもええはずやろ、と自分に言い聞かす。

「何気にタンコブできたしな…何だか自覚した瞬間、急に痛なってきた」
「………」
「部活戻る前に一回冷やしといた方がええやろか」
「…なあ白石」
「おん?」
「……なんもさ、金ちゃんだって悪気があってやったわけやないし…。……今日は毒手は勘弁したってな?」


「……、え…?」



左腕への羞恥と熟考によって上がりかけていた体温が地面へと吸い取られる。

…な、なんやて……?
今こいつ、なんて言いよった?

「ど、どく、どく…しゅ……?」
「金ちゃん脅かすのには最適やと思ててんけど…何て言うか、たまに怯えすぎてて可哀想になんねん。…な?だから今日んとこは笑って許してやってや」

片目を閉じて両手を合わせる金髪。

…いや、待てって。何お前普通に毒手とか言ってんの。何、普通に毒手受け入れてんの。…え、おかしいとか思わへんの?……なんで?

先ほどまでコスプレ紛いのこの左腕には羞恥心と侮蔑心しか抱かなかったのに、目の前で金髪が至極マジメな顔をしているのを見た瞬間、急に恐怖心を抱き始めた。

ま、て…って。
いや、そんなはずは……。

アカン…ありえへんはずや。なのに、何で俺…こんな不安なん?
普通に考えたら、無い。
でも………。


……え、これ、本物…?

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