自分が誰なのかわからん。 ……まさか、それじゃまるで記憶喪失じゃないか。 薬品棚のガラスに映る自分をもう一度よく見ると、どうやら俺はジャージを着ているようだ。 胸元から袖にかけては黄色。胸から下は緑色で、グラデーションがかっている。妙な柄もついていた。 「……ん?」 変な色合いやな、とセンスを疑っていると、ジャージの胸元に菱形の模様があるのに気付く。 ガラスに近づいて注目してみると、四、宝、寺、天という4つの文字が書いてあるのが見えた。 「…よん、し?ほう、じ…てん……」 ここが学校であるならば、これはきっとこの学校の名称なのであろう。 そしてこのジャージを俺が着ている、ということは、つまりそういうことだ。 俺はこの学校の生徒、なんだ。 記憶も自信も無いが、今は目に写るものを信じていくしか無い。 大丈夫。落ち着け。 記憶喪失、だなんて、まだそう決まったわけではない。 保健室を出るのにはまだ少し戸惑いがあったため、しばらく室内を徘徊することにした。 何の篇鉄も無いただの保健室。 違いがあるとすれば、でかでかと貼られた「1.手洗い、2.うがい、3.笑い」と書かれた訳の分からないポスターぐらいである。 しばらく歩き回ってみたが、何の変化もないことにそろそろ焦れてきた。大体自分の名前もわからんなんて、気味悪すぎて落ち着かんわ。 意を決して保健室の戸口の前に立つ。 とても緊張している。 誰かに会ったらどないしよう、何て言えばええん、まず俺の名前を聞いてみようか、いやそんなん絶対おかしいやん。 ぐるぐると思考してしまいなかなか踏み出せない。 どないすればええんやろ…。 ていうか今って何の時間なん? ジャージ、ってことは体育の授業なんやろか。体育館…ってどこなんやろ。 「…まあ、ずっとここにおったって仕方ないしな」 奇異の目で見られること覚悟で、まず誰かに名前を聞こう。 それから今が何の時間なのかを聞いて、教室の場所も聞かなアカンよな。 とりあえず自分の中でプランをたてて、気持ちを安定させる。 よし、行くで! 俺は、ガッと引き戸の取っ手をひっつかんだ。 |