己の手に馴染むほどに使い古された携帯電話も、音が鳴らなければただのガラクタ同然だ。
淡い青色の旧型。ストラップは一つだけぶら下げているが、決して自分の趣味に合致しているわけではない。

テンピュールのマットに身を横たえながら貰い物のストラップをぐずぐずと弄くり、そんな自分の指をまるで意味もなく凝視する。手持ちぶさたになったときの癖だ。
まだか。まだか。まだか。
晩の食事を終え、入浴も済んだ。日課のヨガだってもうとっくにこなしてしまっていた。
なのに、まだこない。


「あ―…ねむ…」


規則正しく生活している白石にとって夜更かしなど考えられもしないことだが、約束を破ることのほうが今は禁忌である。
しかし、待てども待てども響くことのない彼専用の陽気な着信音を思い浮かべている内に、眠気は着実に身体に取り込まれていくのであった。
肌触りの良いこだわりのベッドに身を移し、もしあと10秒でこなかったら寝てやる、と誰にも聞こえない宣言をしてカウントダウンを始める。
俺は悪くない。悪いのはヤツだ。

…とは思うものの、やはり白石は約束を破れない性分なのだ。
じゅー………う、きゅー…………う、と不自然に間延びしたカウントをとる自分に、白石は自分のことながら盛大に苦笑した。


しぃー……、と4のカウントをとっている時、それはきた。


「…あ、」

ヤツに頼み込まれて設定したあの着信音が部屋に鳴り響く。
すぐに通話ボタンを押そうとして、手を止める。こんなに待たせたのだから少し懲らしめてやろう、という気になった。

しばらくして着信音が止むと、少し経ってから今度はメールの受信音が鳴り響いた。


慌てて謝罪でも送ってきたのだろうか、と少し晴れた心うちで受信ボックスからメールを開くと、白石は目を見開いた。

白石の覚醒しかけた寝ぼけ眼に映る携帯の画面には、「鍵開けて」と言う一言が載せられている。

慌てて起き上がり髪を手櫛で整えていると、もう一つメールを受信。


___________

どんな白石もむぞらしか
寒い
早く開けて
___________



白石は慌てて身支度をしていた自分を見透かされて頬を染めた。
「嫌な才能やな」と愛しい彼を思い浮かべたが、やはり癪に障るのでなるべくゆっくりと階段を降りてやろうと小さな嫌がらせを企てた。


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