登校初日であろうとも重役出勤をしてくるに決まってるあのアホを迎えに行くため、少し早めに家を出た。

寸法を確かめるために店で着て以来一度も袖を通していない制服はパリッとしていてとても気持ちがいい。

「似合う…やろか?」

袖口と裾に赤いラインが入った紺色のブレザージャケットに、赤を基調としたチェックのスカート。
ふと見た車のガラスに映る自分の顔がちょっと緊張気味であることに少し苦笑いをして、再び歩き出した。

今日から高校生になる。
先のことを考えればこれからの色々なことを想像してワクワクと心が躍るが、勿論問題が無いわけではなかった。


「ちとせー、迎えに来たでー」

千歳が一人暮らしをしている小さな平屋には、チャイムなどという高尚なものはついていない。
声を張り上げて玄関のガラス戸を控えめに叩く。これしか方法が無いのだ。

「ちぃちゃーん、おらんのー?」

もう家を出た、なんてことは考えられない。
とすれば。

「お邪魔します」

まだ寝ているに違いない。


勝手知ったる千歳の家に踏み込み、真っ直ぐに寝室(と言う名の小部屋)を覗き込むと、やっぱり、と言うべきなのか千歳は案の定そこで熟睡していた。
畳の上に敷きっぱなしの煎餅布団は千歳には少し(というか相当)小さ過ぎるようで、横になるといつも頭と足がはみ出てしまう。
今回も同様に投げ出された右足は狭い寝室に窮屈そうに収まっていた。

「…相変わらずでかいなあ」

立ち上がればほぼ二メートルにも及ぶ長身。加えて未成年とは思えないような精悍な顔立ち。
最初に惚れたのはあの柔らかい雰囲気とテニスだったが、後から考えれば男としての魅力はいくらでも見つかった。
こういうの何て言うんやろか。一石二鳥?…いや、絶対ちゃうな。

「って遅刻してまう!千歳!早よ起きーや!」

あまりにのんびりと寝ている千歳を見て思わずどうでもいい思考を繰り広げてしまっていた。
千歳の雰囲気は好きだけど、ついこうやって飲み込まれてしまうのは考えものやな。

気持ち良さそうに眠る千歳を起こすのは何だか少し可哀想だけど仕方がない。
今日だけは絶対に学校に行かせないと。何たって入学式なんやから。
可愛い寝顔を見ているこの時間はかなり幸せだけれど…、ここは心を鬼にしなければ。

あんなに図体がデカいくせに、眠そうな顔でぽやぽやしながら歩いてるところとかめっちゃ可愛いんやで。まあウチしか知らんけどな!

「千歳!起きてってば!」
「んー……」

顔の真上から大きめに声をかけると、その巨体がモゾモゾとうごめく。ようやっと目は覚ましたみたいやな。

「やっと起きた!」
「う、…んー……なに…」
「ほら起き上がって千歳っ。目、覚めたな?ならウチは朝ごはん作ってくるさかい、早よ顔洗ってくるんやで!」
「んー…くら…?…なして……、ここに居ると?」

霞む片目を擦りながら千歳がその大層な身体をよじる。

「アホ!今日から学校やろ、……ていうか入学式やで?」

寝ぼけ眼で上半身を起こす千歳を横目にいそいそと割烹着を着る。いつも来るから、と起きっぱなしにしているものだ。

「あー…、そうだったばい」
「分かったなら早く顔を洗いなさい」
「了解ですたい」

洗面所に向かった千歳に、何とか今日は行く気があるようだと胸を撫で下ろした。
千歳のサボり癖は中学の頃からの悪い習慣なので早く治してもらいたいのだが、ふらふらとしている千歳はいつも楽しそうなので大抵は見逃すことにしていた。

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