「にーお先輩!」

コート脇のベンチの傍に立ってお互いのプレイスタイルについて話していると、唐突に視界へと癖毛が割り込んできた。

「次、俺とやりましょーよ!」

そう言いながら凄い勢いで仁王の腰に抱きついた赤也に、「うおっ」と言いながら仁王はバランスを崩し倒れ込みそうになる。
俺はそんな二人を持ち前の反射神経で受け止めた。

「あっすまん幸村」
「大丈夫」

にこりと笑いかけるが、心中は穏やかでは無い。
細っこく華奢な仁王の肩を支えながら奥歯を噛み締める。赤也の乱入は俺の機嫌を損ねるのには十分過ぎた。

「ねーいいスよねっ?俺とやりましょーよー。もう他のやつ全員ブッ倒しちゃって暇なんスよー」

がくがくと仁王の体を揺さぶって駄々をこねる赤也を見て、更に眉間の皺が濃くなるのを自覚する。

「お前との総当たりはもう終わったじゃろーが。黙って休憩しとれ」
「別に回数制限なんて無いじゃないスかあー」
「アホ。お前みたいな乱暴者と好き好んで何度もテニスする奴なんかおらんのじゃ、他を当たりんしゃい」
「そんなあー!なんでダメなんスか?だって仁王先輩痛いの好きっしょ?」
「馬鹿言いなさんな…それに、今日はもう幸村の相手して疲れたんじゃ」
「もう!仁王先輩そんな体力無い人じゃないじゃん!」
「全然無かもーん。もう疲れたなりー」

茶化すように仁王が言うと赤也は段々と表情がイジけたようになり、ブスッとした顔で仁王を睨んだ。


「……嘘つき。三回抜かないでヤっても、ちゃんとイってくれるくせに」

ボソリと呟かれた突然の台詞に仁王は盛大に肩を跳ねさせる。
「ちょ、おま、なん、なにを…!」と訳の分からない言葉を言いながら仁王が赤也の頭をはたくと、赤也がしてやったりな顔をした。
仁王の冷静さを欠いた行動を目の当たりにして、先ほどの赤也の言葉が時間差で俺の頭に入ってくる。閉口してやり取りを傍観していた俺にとって二人の会話はまるでどうでもいいものだったが、それでも気になった。


抜かないで、三回?
イく…、体力…。
………痛いのが好き、だって?

ここまでキーワードを提供されては、疑いようが無い。



………へえ赤也。
そう言うこと?


「ゆ、幸村、その、こいつの言ってることは、あのな、えっと…」

色素の薄い髪によく映える白い肌は羞恥に染まり、正直とても可愛い。出来ることなら今すぐ掻き抱いてやりたいところだ。

けど、まさか相手が赤也だったとは。
先ほどまで気にかかって仕方が無かった仁王の手首の痣を思い浮かべて、「コイツならやりかねない」とその癖毛に視線を送る。

「赤也、乱暴なのはテニスだけじゃ無かったようだね」
「……問題ありますか」

未だに赤みの引かない顔を仁王が突然歪ませた。
見ると赤也は仁王の手首の痣を力いっぱい握り、俺に挑発的な顔を向けている。

「この痣つけたときも、仁王先輩ったら痛がりながらよがっちゃって…本当変態ッスよね」
「…っ!赤也っ、いい加減にせえ!」
仁王がばしっ、と赤也の腕を叩く。

「……へえ、俺にそんなことしてもいいんすか?」

赤也が仁王をにやりと見上げると、仁王の肩が小さく跳ねた。
切羽詰まったような表情が怒りと羞恥と恐怖で歪んでいる。

その様子に満足したらしい赤也は、次に俺へと視線を移した。
射抜くような赤也の双眸が俺に向けられ、挑発を纏いながら全身を這い回り、ついには俺の顔すらも不快で歪めさせる。


あぁもう本当に。
なんでコイツはこうなんだろうか。






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