全国大会の前。
そう、関東大会の決勝戦が終わってからすぐのことだ。

急にレギュラー陣に召集をかけた真田は神妙な面持ちを崩さないままで、全員に自分へと鉄拳制裁を与えるよう告げた。
どうせあの真田のことだから、青学のチビに負けたあの瞬間から決意していたに違いない。
負けたからと言って卑屈になるような男ではないが、こういうところで頑固なのは非常に面倒くさいわけで。

「ジャッカル!来い!」

正直真田が全員に殴られるということについては何の同情もしていないし、むしろ殴られて当然だと思っている。
躊躇なく殴るべきなのだ。負けたのだから。

「もっと強く来んか!」

……だけど。


バシッ


「……そうだ。次!柳生!」



…だけどどうしても、左手では殴ることができなかった。
渾身の力は間違いなく左手に集まっていたし、握りこぶしまで用意していた。
それなのに俺は利き手ではない右手で、しかも平手で殴った。

どうしても、本気では殴れなかったのだ。




「……真田」
「ん、…仁王か。どうした」

両頬を真っ赤にして水飲み場へと向かったその背中を追って声をかけると、真田はタオルで顔を拭いていた。
持ってきていた氷嚢を差し出すと怪訝な顔をされてしまったので、仕方なくその場に置く。せっかく部室まで行って持ってきたのに。

「仁王、どう言う風の吹き回しだが知らんが…。俺に同情は必要ない」

氷嚢に目をやりながらそう言い放つ真田に、何故か分からないが悲しくなった。
同情。情け。心配。真田をそれを遠ざけるような男だ。分かっている。それはもう本当の意味で痛いほどに。
真田にとってはこの行動も言ってしまえば自分を労わるような行動は全て、同情なのだ。
こちら側の意図とは関係無く人の優しさを同情だと切り捨てて自分を律する真田は、あぁもう本当に、面倒くさい。

「同情じゃない」
「…じゃあ何だと言うんだ」
「世話じゃ」
「世話、だと?」

お前さんがいつまでもそんな腫れた顔で居たら迷惑なんじゃ、と吐き捨てて俺はその場を後にした。

真田のような男と俺は噛み合うわけも無い。馴れ合おうなどという気があるわけでも無い。
でも俺は真田が嫌いじゃない。

少なくとも、世話を焼いてやろうと思う程度には。


しばらくして水飲み場に戻ると、真田と共に氷嚢が消えていた。

「…本当に、面倒な奴じゃ」

どうせアイシングしたところで湿布も貼らないのであろう真田のために、俺はまた部室へと足を伸ばしたのだった。

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