「ぶはっ」

咀嚼中のオジヤが咥内を飛び出す。
…危なかった、あと少し遅かったらこの右手を越えて幸村の顔へ撒き散らすところだった。
寸でのところで間に合ったオジヤだらけの右手を褒め称えながら幸村を見る。
キョトンとした表情で「…大丈夫?」と問う幸村。お前にこそ問いたいよ、「大丈夫か」と。

「あのなあ…、夫婦、て。お前…」
「あはは。そんなに動揺するなんてお前らしくないなあ仁王?キレが無いぞキレが」

ケラケラと笑って箸で俺の顔を指す。
だって…そりゃ動揺すんだろうがよ。どこの世界に中坊2人が飯食ってるくらいで夫婦だと思うやつがいるよ。…いや、実際、思ってしまったのは俺もだけど。

「お前でも、自宅に居ると詐欺師の二つ名はナリを潜めるんだな」
「……うっさい」
「あ、でもそうなると俺が妻ってことになるのかい?じゃあお前は…ヒョロくて病弱な夫?」
「言いたい放題じゃな」


気付けば会話が弾んでいた。
軽口を叩き合い、それなりにフザけ合い、そして同じ釜の飯を、食っている。
これじゃまるで仲がいいみたいじゃないか。友達…みたいじゃないか………。

…だって幸村とは、根本的に合わないと思っていた。
お互いに自分の世界を侵されることが嫌いな人間だし、どちらかと言うとあまりはしゃぐ方じゃない。
接点なんて一生、部活仲間であることぐらいだろうと思っていたのだ。
同じ部活で、同じ夢を追っている。そのために協力し合う。それだけの関係なんだと、思っていた。

それなのに今となっては、自宅に看病しに来るわ晩飯は一緒につつくわ…。進展が早すぎて正直戸惑っているのは確かだ。

でも。

それを受け入れ始めている自分が居るのも、また確かで。



「…仁王?」

気付けば、俯いて黙り込んでしまっていたらしい。ハッと顔を上げると、怪訝そうでいて心配そうな幸村の顔が眼前にあった。

「………あ…、ごめん」
「いや、いいけど。それより大丈夫か?」
「…あ、あぁ。平気。…ちょっとボーっとしてもうただけじゃ」
「そう?なんか顔赤いけど本当に大丈夫?」

え?

驚いて顔に手を当てると、確かに熱が集まっているらしかった。

「…すまなかった。看病するとか言って、逆に疲れさせてしまったみたいだな…」
「いや!ちが、う…。コレは…その」

俺の具合が悪くなったと勘違いしてしまったらしい幸村に何とか弁明しようとするが、自分でも何故こんなに顔が火照っているのかが分からない。
非日常な出来事を楽しむはずだったのに、幸村を自分にとって身近な存在だと脳が理解した瞬間、この有り様。
これでは俺が…幸村を………。

「無理させて悪かったよ。俺、もう帰るから。…安静にしてるんだよ?」

脳の理解と俺の思考がカチリと当てはまった瞬間、俺の中で何かがカッと光った。

「ま、待ちんしゃい!」
「……仁王?」

思わず俺は、テニスバッグを取りに行こうとする幸村の腕を掴んでいた。






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