「…………あ?」



それが第一声だった。
寝起き一発目に発する言葉としてはそんなに珍しく無い。

昨日の夜だって何も特別なことはしていないはずだ。
コマーシャルでやっていた最新作の映画が気になりいつものようにレイトショーに行って、最近のマフィア事情を学んだ。ただそれだけのこと。
マフィアがただのゴロツキ集団ではないのだということを知り、帰宅後シャワーを浴びて寝た。
唯一珍妙だったとすれば、シャワーを浴びながら「もしも俺がマフィアだったらきっと有用な人材だろうな」という可笑しな想像をしてしまったことくらいだろう。

なのに、この光景。
一体俺が何をしたと言うのか。

「………おい」
「ひっ…」

早朝のためまだ些か薄暗いが、それでも分かる。
俺の部屋に俺以外の誰かが居る。直感などという感覚的なものではなく、視覚的に見えているのだから性質が悪い。
起きたばかりで機能していない脳みそを一生懸命覚醒へと導きながら声をかけると、部屋の隅から怯えたような声が返ってきた。

一瞬、弟か、とも思った。
しかしアイツがこんな朝早くに起きていることなどまず無いし、第一コソコソと俺の部屋に入ってくるようなヤツなんかでは無い。
あろうことか怯えるなど。あいつの震える声など聞いたことすら無いのに。

じゃあ一体、誰なんだ。

やっと浮上してきた意識に安堵しながら現状把握に努める俺はとりあえず相手をハッキリと視認することにした。


「…電気、つけてもええか」

さっきの怯えように気を遣い、少しだけ柔らかな声で話しかける。
正直不法侵入者に優しくする筋合いなど無いがあっちが怖がっている以上仕方がない。会話をするための譲歩だ。
小さな声で「あ…」と聞こえ、俺はそれを承諾だと受け取る。
身体を捻りながら卓上ライトを静かに点灯させ、そして部屋を見渡した。

…居た。部屋の隅で小さく蹲っている。
ライトの位置から遠いせいなのかいまいちよく分からないが、どうやら若い男のようだった。

「…おい、お前」

ギシ、とベッドを軋ませながら立ち上がると、そいつは少しだけ顔を上げた。


「…………あ……、」


小さいながらもはっきりと聞こえたその声に、俺は思わず自分の口を覆った。
あれ、なんで、その声、え?
だってそれじゃ、まるで。

「…あ…あの……俺…」

続いて聞こえた声に今度は目を見開く。
言葉が、出ない。

「……危害は…加えない、です…だから…あの……」

徐々に顔を上げながら言葉を紡ぐ目の前の男。
いや、というより。

暗闇に紛れ込むように蹲っていたそいつは。


俺、だった。

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