「へえ、下から見たときも良いマンションだとは思ったけど、中も凄く綺麗だね」

玄関で靴を脱ぎ丁寧に揃えると、幸村はリビングへと踏み込みながらそう言った。
俺は、はあ…、という間の抜けた返事をしながら自室へと幸村を案内する。

「適当に座りんしゃい。茶くらいは出すから」
「は?別にいいよ、俺はお前を看病しにきただけなんだから。お前こそ座ってろよ、何なら寝ろ」
「…マジで看病してくれるの?」

とりあえず茶を出して一服したら帰ってもらおう、という俺の算段は脆くも崩れ去った。まさか本気だったなんて。
というか看病と言っても、俺はもう大分元気を取り戻しているのだから本当はもう帰って欲しい。やっぱり幸村が俺の部屋に居るのは不可解だ。あまりにも不思議だ。納得できない。
それに原因が寝不足に栄養不足なんだから、睡眠欲を満たした今あとは飯を食うだけなのだ。飯なんて一人でいくらでもどうにかなる。…もういいのに、幸村。

……とは言えず。

「ここが仁王の部屋、ね。…ふーん……へえ…」

言われた通りに渋々ベッドに腰かけると、幸村は俺の部屋を見渡して興味深そうに呟く。
そんなに大層に見渡したところで、あるのはベッドとテレビ、それにコンポくらいだ。それと半畳くらいの机。特別面白くもなんともない部屋だと思うのだが、それでも幸村にとっては興味を引くものだったらしい。

「…あんま見なさんな」

なんとなく気恥ずかしくなりそう言うと、「見られたくないものでもあるのかい?」と揚げ足をとられる。全くこいつは。
あるに決まっとるじゃろ。



「あ、そう言えば仁王、お母さんとか兄弟は?」

ようやく興味を失ってくれたと思ったら今度は違うことに興味を持ったらしい。
幸村はそう尋ねながらずっと背負っていた2人分のテニスバッグを壁に立てかける。

「あぁ、親は仕事。もう4日は帰ってきてない。弟は塾行ってるから遅くまで帰らん」

放任主義という言葉がピッタリと当てはまる両親はいつも仕事仕事で帰らない。たまに帰ってきてもカレーを作り置きしてまたすぐ家を開ける。
まあ昔からそれが普通だった俺たちにとっては、もう慣れてしまったことだけど。


「ふーん、じゃあ晩ご飯一緒に食べよ。作ってあげるから」
「…………は?」

そう言って制服のジャケットを脱ぎ捨てると、シャツの腕をまくり始める幸村。

「は、ちょ…何言っとるんじゃ」
「だから。晩飯。一緒に食おうって言ってんの」

看病しに来ただけじゃなかったのか。
そう思って目を点にしていると、「だってお前一人じゃさびしいだろ」と言われた。

さ、さびしい…って。
思春期過ぎた中3の男が一人で飯食うくらいでさびしいわけないじゃろ…。

「別に…、一人で飯食うことなんていつものことじゃから…」
「でも一人よりは二人で食べた方が美味しいと思うよ」
「……………」

有無を言わせないその力強い眼力に閉口する。




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