「ねえねえねえあのさあ、俺思ったんだけどさあ、仁王ってさあ、スカートとか履かないの?」

「…………」

不快を感じるほどに間延びした幸村の声に俺は言葉を失った。

「ねえ、ねえってば、聞いてるの仁王」
「…………はぁ」

思えばコイツに「話がある」と呼び出された時点で気付くべきだった、と頭を抱える。
相槌を打ったつもりがほとんどため息のようになってしまった。

この男がこういうヤツだと言うことくらい重々知っていた。むしろ誰よりも肝に銘じていた。なのに、あぁもう本当に。
学習したつもりでも何も身についていなかった。結局俺は幸村には弱い。

幸村が突拍子もない人間だということはもはや周知の事実だ。ついでに言うと被害者の会まである。
急に思い立ったことを即日実行だなんてことはザラ。どこまでも迷惑で、横暴で。10対0でこちらが勝訴する問題も、コイツが相手では背水の陣で臨んだとしても確実に敗訴だ。
だってコイツは頭の中で文章を推敲することはおろか反芻することすら無いのだから。
自分の思ったことは正しかろうと誤っていようと実行しないことには収まらない。そんな人間だ。

だからこんな妙な発言も、まあ決して珍事というわけでは無いのであるが、それにしてもこれはひどい。

神の子だから?神の子なら何を言っても、何をしても許されるのか?
いや、そんな問題ではない。今更そんな論議はあまりにも無意味だ。
実際にアイツは牛耳っている。それが全ての結論であり、真理なのだから。

普通の人間の考えどころか、ちょっとオカシイと自負している俺の思考すらも軽々と飛び越えていってしまう。
だって、神の子だから。
従わなければ感覚を1つずつ奪い、力ずくで征服する。
だって、神の子だから。
それでも反抗すれば………いや、この先はシークレットということにしておきたい。
何たって、彼は。

何度でも言うが、神の子だからだ。


「…スカート、な」
「仁王の足って女の子より細いしさー、それになんか毛も薄いし、見せつけてやりたくなるんだよね」

そして、私の足は男より醜いのね!って傷ついた女の子の顔が見てみたい。と付け足して幸村は花のように可憐な顔でふふふ、と笑った。

…余りにも趣味が悪すぎる。
どんな育ち方をすればこんな下衆のような思想を抱くようになるんだ。
全然しつけがなってない上に性質が悪い。あぁ神様。貴方すらもこの悪魔には敵わなかったのですか。

「……こんな鶏ガラみたいな足見せたら、逆に心配されて終わりじゃ」
「あはは、確かに」

嫌味くさくない微笑みをたたえながら幸村が言う。
自分から言っておいてソレか。俺の尊厳を踏みにじるにはお釣りが来るレベルだ。

細いからと言って美しい脚かと問えば恐らく答えはノー。
そんなことは話し合うまでも無いはずなのに。

「仁王は試合前にしか身体つくらないからね」
「別に、好きで調整してるんじゃないぜよ」
「……ああ、真田か」

偏食、小食、更に日差しに弱いとなればあの真田が黙っているわけがない。
軟弱者!たるんどる!と言われて捕まえられる仁王が容易に想像できてしまい幸村は小さく笑った。

「来週また練習試合があるからって、今日も朝練でしこたま走らされたんじゃ」

おかげで足がパンパンぜよ、と仁王がジャージをめくる。
出てきた棒みたいに細い脚を見て、パンパンかあ、と呟く。

「さっきもまた外周させられてヘトヘトじゃ、俺もう早よ帰りたい」
「いつもサボるから余計に疲れるんだろう」
「だとしてもあの筋肉馬鹿の練習メニューは普通の人間には対応しとらん!」

めくれあがったジャージの裾をそのままに、仁王は立ち上がる。

「あ、ちょっと。まだ話終わってないんだけど」
「……お前なあ。話の出だしからスカートとか何とか言い出したのはそっちじゃろ」
「何言ってんの、今からが本題だよ」

まさか俺の前置きが退屈だったとか言わないよね、と微笑まれて仁王は立ち止まりざるを得なかった。
幸村の笑顔からどうしてこうも闇の世界を感じてしまうのかは未だに解析不能である。

「…はいはい分かりました、大人しく聞けばええんじゃろ」
「ふふ、本当仁王は物分かりが良くて助かるよ」

どうせ拒否権なんて無いんじゃろうに、と声には出さず毒づいた。
声にしなかったのは、せっかく機嫌のいい幸村に爆弾を投げつけることもあるまいと思ったからだった。
ここは黙ってされるがままにしておくのが得策と言うもの。
鼻歌を奏でながら、何から言おっかなあ、などとぽやぽやしてる幸村に畏怖を感じたのは気のせいだと思いたい。

ため息をつきながら眺めていると、突然幸村は「あ」と手を叩き、と思ったらくるりとこちらに顔を向けた。


「俺とデートしない?」


「………………は?」


あまりにも予想の斜め上をいく幸村の一言にしばらく反応ができなかった。
やっとこさ放り出した声も、意味を持つものではないし答えにもならないようなもので。

「デートだよ、デート!」
「デ、デ……?」
「やっぱりデートって言ったら植物園とか?ベタに遊園地でもいいかなあ」

こちらの困惑を知る由もない(たとえ知っていても変わらない)だろう幸村は、嬉々としながら既に計画をたて始めている。

「ちょ、待ってくれ幸村」
「ん?なに?」
「なに、じゃないだろ…。デートって、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ。俺がお前ごときにジョークなんて言うものか」
「………さいですか」

あまりの言い様に腹すら立たなかった。
というかここで俺が腹を立てようと立てまいと何一つ状況は変わらないのだから発言する意味はない。



「ということで仁王。お前、今週末までにスカート買っておけよ」
「…………は!?」
「デートのときに着るやつだぞ。とびっきりカッコイイの買っておけよな」
「な、は?…え?…ええ!?」




……前言撤回。
今ここで腹を立てなければ俺はとんでもない羞恥プレイをすることになるだろう。

だが、俺は何も言えなかった。
それがヤツの能力によるものだと気付いたのは放課後に立ち寄った店の試着室の中だった。







デート編に続…くのか

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