「なあ千歳、お前、さ」


中途半端に切られた言葉を不審に思って、手が止まる。
いつもは雄弁で聡明な彼の唇が今日はどこかたどたどしかった。

練習後の部室に残っているのは珍しくも俺と白石だけになっていて。
それは普段よりも長引いた部活にみんな疲弊してしまって早々に帰っていったからで。
偶然にも生み出された2人きりという空間はどこか余所余所しく、どこか怪訝だった。

遅刻のペナルティとして課された部活後の球拾いを後輩と共にこなしたために存在してしまったこの空間。
普段ならば白石のみが居残り部誌を書いているであろうこの時間に、なぜか俺は居た。

冒頭の第一声以降なにも言わない白石。
不思議と振り返ることができず、ただただ次の言葉を待っている俺。

半分だけ脱いだユニフォームの存在を思い出して一気に脱いでしまったところで白石が口を開いた。

「俺と………」

白石の左手がギュッと音を鳴らす。
不思議なことに、こういう沈黙が未経験というわけでは無い気がした。
よくある、ような。でもこんなとき、大抵相手は女だったような気もした。

「………付き合って、みいひん?」


ああ、やっぱり。

ロッカーの中に脱いだユニフォームを投げ込みながら振り返ると、白石の整いすぎた横顔が目に入り思わず視線を逸らしてしまう。
正直、予測していなかったわけではない。
でも予測したくてしたわけではなかった。
こういう時だけは自分の能力が恨めしいと思う。

夕焼けに照らされた白石の髪の毛がきらきらと光り、俺のなけなしの片目が無意識に細まる。


「お試し、やと思ってさ」

白石が文具をペンケースにしまう音だけが響いている。
お試し、確かに今そう言った。

「あ、別にホモ的な意味で言ってるんとちゃうで」

ホモ的な、意味。


ここまでくると、さきほどの言葉が冗談では無いことくらい俺にだって分かり得てしまう。
居心地の悪そうな表情の白石を見つめると、白石は苦く笑いながら目を逸らした。


「白石、俺んこつば、好いとっとか?」

愚問だったのかも知れない。
でも付き合おうと言ったり、お試しだと言ったり、白石の発言には不可解な点が多かったが故の言葉だった。


「……どちらかと言えば、好きやで」

先ほど外された視線が今度はバッチリとかち合う。
ふわりと笑った白石は、とても妖艶に見えた。

「白石は俺と付き合って、どんなこつがしたいとや」
「そうやな…、もし千歳がこのアソビにのってくれたら」

アソビ。
白石には少し不釣合いな単語だ。
誠実そうで一途そうで。
そういったこととはどうも結びつかない。


「千歳と、恋人ごっこが、したい」


…なのに。
熱を纏った視線で俺を捕らえるから。

俺は、もう訳が分からない。



「……千歳?」

口が開かない。
いや、驚きで口は開いているけれども、正確に言えば頭が真っ白だ。

「無言は肯定って知ってたか?」
「しらいし、」
「おん?」

たどたどしい手つきで制服を引っつかむ。
とにかく何か言わなければ、と回らない頭を無理やり掻き回す。

「白石は、」

ああ、でも、こんなとき何て言えばいいのか。
女の子からの告白はいくらでもされてきているはずなのに、そんなときに自分がなんと言って切り抜けてきたのかがどうしても思い出せなかった。


「俺と、恋人ごっこばしたいと?」
「そうやで」
「俺と、白石で?」
「俺と、お前で」

何の意味もない質疑応答だとは分かっている。
けれど、確かめなければどうにも納得ができないのだ。

白石は見目麗しいだけでなく人望も厚い。
少し頑固なところもあるが、世話焼きでしっかり者で。
こんなふらふらしている俺のことを気にかけてくれて。
正直、好意を抱いていたことは否定できない。

だけど。


「…俺、白石のこつ良か人ち思っとる」
「おん」
「でも、好いとるとか、そういうんとは違うような」
「や、だからホモ的な意味はあらへんってば」
「意味、って」

「だから、好きとか言う感情無いままで付き合お、って言ってるんやけど」

あぁもう、頭が痛い。










続いたらスミマセン。

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