いや、これはマジで無いやろ。
ユウジと小春はヤラセだからまだ許せるとしても、千歳と白石?
そんなんどんだけ贔屓目に見たってガチやん。
いや、まあ視覚的にはお似合いやと思うで?
千歳はふらふらしとるけどデカいし男前やし、白石はめっさ美形やし世話焼きやし。
金ちゃんが加わろうモンなら最早ただの家族やんな。

ただ並んどるだけやったら何の問題もあらへんのや。
でもな、でもな。

絡み始めてしもうたら、もう話は別やろ?





「白石ー」
「あ、千歳」

千歳は最近よくうちのクラスに来るようになった。
隣接クラスだと言うこともあるのだろうが、理由はそれだけではない。

「すまんばい白石、また資料集貸してくれんね?」
「お前またか」
「教科書は持ってきたばってん、資料集だけ忘れたばい」
「まあ全然ええねんけどな」
「あ、あとこれ」
「え?」
「グリップテープ、ちゃぶ台に乗っかってた」
「あ、やっぱり千歳ん家に忘れてたんやな。うっかりやったわ」
「無いと困るち思って持ってきたたい。あと今朝、洗濯ありがとう」
「構へんって。今日も晩飯作りに行ったるさかい一緒に帰ろな」
「じゃあ帰りに買い物いかんと」
「あ、そう言えば今日は卵が安い日や」
「ほんなら俺、親子丼が食いたい!」
「親子丼かあ、丼モノは作るの楽やからな。確か鶏肉は冷蔵庫に残りがあったはずやし、ええで」
「やった!」

どうしてそうなった。
こんなにもツッコむべき箇所が散在しているにも関わらず俺は一言も発せられなかった。関西人失格や。
いや、発しようと試みなかったわけではない。
だがしかしこのまるで、その、なんだ、この二人の様子を見ていたら何も言うことができなかった。
中途半端に開きかけた唇は手元の牛乳パックに挿したストローへと吸い込まれる。ヘタレや。

「あ、千歳」

早弁用の惣菜パンの包装を開きながら会話を耳に入れる。
俺は今白石の目の前の席で、振り向きながらパンを食べようとしているのだが、これは白石と会話を楽しみたかったが故の体勢であって決して二人の観察をしたいという無粋な考えがあるわけではない。

「なんね?白石」

背後から聞こえる女子の精一杯興奮を抑えたかのようなヒソヒソ声が俺の背中に反響する。
その女子の熱い視線は俺の背中をすり抜けて………、と、ここから先は察してほしい。

「お前今日、体操着持ってきとるか?」

そう言えば次の次は体育やんな。今日は確か長距離や。

「あー………、多分ロッカーにあるたい」
「上だけ千歳ん家に忘れてきてしもたんや、貸してや?」
「ほんじゃあ今持ってくるったい」
「おおきにー」

またしても気になるワードがちらりと出没したが、俺はもう何も聞こえないということにした。

「……白石」
「おん」
「……………、なんでもない」
「?なんやねん謙也」
「いや……」
「もー寸止めはアカンで寸止めは」

これだけ奇異の視線を集めているにも関わらず白石はその視線の先が自分だとは微塵も気づいていない。
もちろん千歳も。
性質が悪すぎるっちゅー話や。
いや、問題はそこではない。

「……体操着、って言っても、千歳のやと…その、デカ過ぎるんとちゃうん」

やっとのことで搾り出した声は思いのほか覇気を含まないものになってしまったが、内容は的を射ていたと自負したい。

「え?……あぁ、まあ確かにな」
「首元とかだらしなくなるんとちゃうん」
「ん?まあ、そう、やなあ?」
「裾とかビロビロしとったら邪魔とちゃうん」
「…そうやけど…やって他に借りられるヤツおらんし」

畳み掛けるかのように言葉を並べてはみたが、白石の反応はイマイチや。
一応言っておくが俺は白石にヨコシマな感情は抱いていない。
親友として、本当の本当に親友として、千歳の体操着だけはアカンと思うんや。

白石は姉ちゃんに似てあんな顔しとるし、肌もキレイやし、背は高いけど細めやし。
ここまで美形やと、まあ、あれや、間違いを犯してしまうやつもおるっちゅー話で。
俺はあくまでも親友として白石の身を案じているだけやが、そんな白石がもしもデカイ体操着なんかを着て、鎖骨丸見えのビロビロのヒラヒラで裾とか袖から白石のお肌がチラチラ、ってことになったらもう俺はどうすればええんや?
そんなんどうしたって見るしかないやんな!やって俺親友やし!!

「………って俺、筆頭やないか」
「え?」
「い、いや、何でも」

しかも今日は暑いし、きっと白石は短パンや。
そんなん殊更アカン。
考えただけでも頭に血が上る。性的な意味で。
…ってちゃうやろ俺!


「白石、持ってきたばい」

俺が持ち前の妄想力と思春期パワーをコラボさせて展開していた世界は、千歳の声によって一時中断した。正直助かった。



「あーほんまおおきにな、千歳」
「まだ1回しか着とらんけど、何かニオイとかついてたらすまん」
「ええってええって。他のやつならともかく、千歳のやもん。平気やで」

そう言ってふわりと笑った白石は、贔屓目なしにも、うん、可愛かった。
それは千歳も同じだったようで、体操着を広げて「やっぱデカいなあ」と言っている白石を嬉しそうに眺めながらその身体を抱きしめ…………ん?

「ちょ、千歳どうしたん?いきなり甘えモードか?」
「……ほなこつむぞらしか」
広げた体操着ごと白石を包み込んだその巨体は、白石の髪の毛に頬をすり寄せながら幸せそうな顔をしている。
ちょ、ちょ、ちょっと待て。なんだ、それ。なんだ、甘えモードって。なんだ、いつもやってんのかそれ?
しかも千歳のやつ今「むぞらしか」とか言うたな。それアレやろ。俺知ってるんやで。かわええっちゅーこっちゃろ?
いや確かに今の白石は可愛かったし、俺は正直千歳がうらやましいなあとか思っ……て無い無い無い無い無い。

素敵に混沌としてしまった俺の脳内はもうどんな言葉もはじき出すことはできなかった。

「はは、くすぐったいて千歳、ちょ、お前その癖毛ほんま、あははっ」

完全なるフリーズ状態の俺。
いや、多分そうなっとるのは俺だけやないと思う。
怖くて振り向けないけれど、さっきから教室が不自然な静寂に包まれているのに俺はちゃんと気づいている。
分かる。分かるで。この空気、雰囲気、光景、状況がどれだけ異様なものなのか。俺には分かるで。

分かっとらんのは当人たちだけや。


しばらくしてようやく身体を離したかと思えば、「千歳のニオイ、なんか落ち着くわ」と体操着を抱きしめながら言った白石のおかげで再び教室はサイレントモードに突入したのであった。

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