羽根が未発達のまま成熟してしまった俺は、仲間たちのように上手く飛び回ることができなかった。
正確に言うと、羽根を上下させる機能が先天的に未熟である、ということだ。

短い命。
それは本能的に知っている。
だからこそ、皆と同じように自由に飛びたかったのだけど。
こればかりはどうすることもできない。

一度玉砕覚悟で木から身を投げてみたが、本当にただの身投げで終わった。
俺の身体はふわりと浮かぶことすら無く枯れ草の上に落下。
無様だったと思う。
それ以来俺は飛ぶことを諦め、枝にしがみついて余生を過ごすことにした。

ときたま仲間に宙から見える景色の話を聞くことができたので、俺がいつも目にしてる公園の景色に飽きることは無かった。


あの日、いつものように枝の数をかぞえたり木の前を通る人間を眺めたりしながら過ごしていると、いつもと違うことが起きた。


公園に常連ではない三人が訪れたのだ。
俺がいる枝の高さくらいまで届くような長身の人間、その横でピョンピョンと跳ね回る人間、そしてその人間と手を繋いでいる人間。
三人は俺のいる木の近くにあったベンチに座りしばらく会話をしていたようだが、突然小さい人間が俺のいる木を指差し、「これ登ってもええ?」と言い出した。

焦った。
予感した鳥や仲間たちは次々と木を離れていったが、俺は飛べない。
慌てて隠れられそうな穴を探すが、見つからない。

右往左往しているうちに人間が登り始めてしまった。
しかも長身の人間まで「たいぎゃたくましか木ったい」と言いながら近付いてくる。
軽いパニックに陥っていると、背後から「あ!」という声が聞こえて肩が跳ねた。
嫌な予感を拭いきれないまま恐る恐る後ろを見やると、やはりさっきの人間が木の幹にしがみつきながらこちらを見ている。

「カブトムシや!千歳!カブトムシがおったで!」
「カブトムシ?どこばい?」

小さい人間が俺に向かって手を伸ばしてきたので、俺は飛べないくせに反射的に木から飛び降りてしまった。
当然落ちていく俺の身体。


「わっ!き、金ちゃん!何かが頭に落ちてきたばい!」
「それや!それがカブトムシやで!」
「わわ!こそばゆい!しらっ白石!これ取って!取って!」
「あーははは!おもろー!千歳が泣いとるでえ白石ー!」

が、着地先は長身の人間の頭だった。
長い毛に身体を絡め取られて更にパニックになって暴れるが、飛べないというリスクがあるためどうすることもできない。
とりあえず暴れているといったところである。

「白石!ほっ、ほなこつ気持ち悪かあ!」
「分かった分かった。分かったから落ち着きや。そんなに暴れたら取れるもんも取れへんやろ」
「うう…」
「ちょっと屈んでや」
「白石っ早く早くっ」
「あーもうやかましい!」
「……」
「…………………、よっしゃ取れたで」

一通りの問答の後、無事俺は保護された。
……いや、どちらかというと捕獲されてしまった、と言った方が正しいかも知れない。

「にしてもコイツ…全然飛びよらんな」
「確かにそうたい」

手のひらに乗せられたまま二人の人間に覗きこまれる。
ちょっと怖い。

「もしかして飛べんのとちゃう?」

木の枝にぶら下がりながら小さい人間が言う。


「そうかも知れんばいね」
「ちゃんと羽根は付いとるんに…」

悲しそうな顔をされて俺は不思議に思った。
何で俺が飛べないことを人間が悲しむんだろう、と。
俺が飛べないことがこの人間を悲しませている。それはひどく妙だった。


「コイツ…俺が飼ってもええかな」
「白石?」
「なんや俺…、コイツのこと放っておけんねや」
「白石カブトムシ飼うんー?」

不思議だったし、飛べないことは悔しかったが、一緒に悲しんでくれる人間がいることは凄く、嬉しい。

「ええなあカブトムシー」
「金ちゃんも他んカブトムシ探せばいいったい」
「えーワイもコイツがええー」
「駄目や!たとえ金ちゃんでも、カブリエルだけは渡せへん!」

カブリエル?

二人の人間と俺がハモる。
まさかそれ、俺のことか?
少しばかり今後に不安を抱いた瞬間だったが、嬉しそうに俺の羽根を撫でる目の前の人間を見ていたらどうでも良くなってしまった。

この人が嬉しそうなら、いいか。

俺は、これからよろしく、という気持ちを込めてその人の細くて白い指にしがみついた。




今まで飛べないことは嫌なことでしか無くて。
仲間とは違う、ということが本当に悔しかった。


だけど飛べなかったから、この人たちと出会った。
優しく撫でてもらった。
名前もつけてくれた。

その日から、俺の狭苦しかった世界には、その人の笑顔が射し込むようになった。


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