クセや歪みがない分、この俺のスタイルが機械的且つ単純だと言うのは重々分かっていた。ある意味読まれ易いということも勿論自覚している。 だが俺は分かっていながらもこのスタイルを選んだ。それが勝つための方法だと確信したからだ。 個性派のプレイヤーにいくら揶揄されようが、そいつに勝てばそれまでの話。武器になっているのも確かなのだ。 「…まあでも、今の中学テニス界みたいにテクニックの特異化が流行している内は…一番面倒なタイプかも知れんの」 むつけた俺の様子を見てフッと笑ったかと思うと、仁王くんは飄々とそう言った。 「…気遣い無用やで」 「強がらんでもええよ、どんなスタイルにも欠点は付き物じゃき」 「強がりやあらへん。慰められるようなスタイルならとっくに捨てとるっちゅー話やで。俺は俺のスタイルに自信と誇りしか持っとらん」 薄っすらと細められていた瞳を見つめながらそう言ってやると仁王くんは少し驚いたような顔をした。大きな目がパチクリと開いている。 「…それはそれは。なんか余計なお世話焼いて悪かったなり」 「別にええよ。面白くないテニスってのは自分でも分かっとるからな。…ただ、俺を使って負けたってのは許せへんけど」 「それはすまんかった。俺の力不足ぜよ」 口が上手い方だと自負している俺に勝るほどの話術を展開する目の前の男に、俺はひどく好感を抱いていた。 両手をポケットに突っ込みゆらゆらと左右に揺れたまま話を続ける仁王くんを見つめて思わず口角を上げる。 「一個目の理由は分かった。興味を持ってくれて光栄です、おおきに。………ほんで?もう一個の理由は?」 「あぁ、もう一つは……な」 シニカルな瞳がすっと一瞬細められたかと思ったら、口元に鎮座しているホクロがゆっくりと上下した。 「………タオル」 「え?」 「…タオル、返しに来れたら、教えてやるぜよ?」 「…………、は…?」 …何やねん、それ。 何でそんなおつかいのご褒美みたいな扱いされなアカンねん。 じゃあ何だ?俺はお前にただご褒美を貰うためだけに新幹線の切符買って、早起きして、その上部活のために日帰りせなアカンっちゅーことか?ありえへん。ありえへんやろ、ふざけるなよこのピヨプリプピーナ。 そう思いながら呆けてしまった俺はよほど間抜けな顔をしていたらしく、彼は血色の悪い口元を手で覆って盛大に吹き出していた。 「な……何を笑ってんねん!」 人からよく褒められる顔を笑われたのは初めてのことだ。羞恥や戸惑いが合い混ざってつい顔が熱くなる。 「だ、だってお前っ…くくっ」 尚も笑い続ける眼前の男にふつふつと怒りが込み上げるが、怒りをどこにぶつければいいのか分からない。 ていうか…こ、こいつ…、いつまで笑ってんねや! 思わず利き手でゲンコツを握ってしまった瞬間、彼は息も絶え絶えに口を開いた。 「だって白石、お前、何でそんな可愛い顔すんだよ」 「か、かわ……!?」 可愛いと言われたことにも面食らったが、正直それ以上に彼の彼らしくない口調に驚いてしまった。 立海の仁王と言えば、神奈川に住んでいながらも、まともに標準語を使えないと名高い人間だ(それも各地の方言を混ぜ込んだ謎のオリジナル方言で会話を成立させる)。 しかも今、白石、って…。 「ウケる!マジ白石面白い!何その顔!鳩か?鳩なのか?豆鉄砲か?はははは!」 「……お前な…、いい加減にせえへんとホンマに殴るで!?」 人を馬鹿にする態度だけは天下一品やな!と大きく左腕を振りかぶった瞬間、彼が俺の眼前へと間合いを詰めた。 それはまるでアウトボクサーがステップを踏んで懐へ潜り込むかのように素早くて、全く無駄がなかった。 「なん…っ」 一瞬の出来事にその体勢のまま硬直していると、彼は口元を緩めて不敵に笑う。 「美人な割に、気取っとらんのじゃな」 「びっ」 「顔に似合わず口うるさいとこ、嫌いじゃ無いなり」 至近距離でそう言うや否やパッと身体を離した彼に俺は何も言い返せなかった。 美人と言われたことも、口うるさいと言われたことも、気にならなかったわけじゃない。それなのに俺はいつもの饒舌な調子が出ずその場に立ち尽くしていた。 「タオル、頼むぜよ?」 俺が固まってしまっていることを確認してから、覗き込むようにそう言い放たれる。 頭の中では「そんなん冗談やないで」と叫んでいるのに何故なのか何も言葉にならない。 「じゃあの」 俺に背中を向けてそう言いながら左手をひらひらと振る仁王を見つめて、俺はタオルを握り締めることしかできずに立ち尽くしていた。 …誰が、行くものか。 と思いながらも、今週末の部活をどう抜け出せば良いのかと思案し始めてしまう自分が信じられない白石であった。 |