「……さむ」

白石のか細い呟きが鼓膜に届いたのと、俺が後ろを振り向いたのはほぼ同時だった。

ポッキー食うか?と差し出しかけた手をとりあえず引っ込め、机の上で腕を組んでいる白石の顔色をそろりと伺う。ザ健康体な普段の白石に比べて幾分か青白いような気がするのは、多分気のせいじゃない。

秋口に差し掛かりつつある今日この頃。晩夏の名残りが未だ風に乗って現れつつも、初秋の訪れは確実に肌身へと染み入ってくる。
今朝起き掛けに今までに無いような肌寒さを感じて、お気に入りの黄色いカーディガンを引っ掛けて登校したのはどうやら正解だったようだ。

「なんでセーター着て来んかったん」

寒さに身を縮こまらせている白石の右肩をすりすりと擦ってやりながらそう言うと、下唇を軽く噛みながら「去年まで着てたやつ、友香里に取られてん」と告げられる。白石の長い睫毛がふるふると揺れているのを見つめて、俺は長い溜め息を吐いた。

「カッターの下、なんも着てへんの?」
「おん」
「…考えただけで寒いっちゅー話や」

いつもは体育館に直行してバスケだの何だのをやるクラスの連中も、今日ばかりは電気ストーブによって暖められた教室から動けないようだった。当然俺も然り。なんたって、子ども体温とよく言われる俺ですら肌寒さを感じるくらいなのだから。

「何で兄貴のセーター取り上げるかなぁお前の妹は。第一、サイズが違うやろ」
「せやねん。自分のセーターだってちゃんとあんねん。なのに俺のセーター取るねん。くーちゃんのやつやと大きくてブカブカでなんか可愛いんやもん、とか言いやがってアイツほんま許されへん」

何故かガキくさい口調で拗ねだす白石に、女って何でブカブカなんが好きなんやろうな、と相槌をうちながら確か侑士の姉貴も大きめの服着て肩を出すのが好きやったなあとか思い出した。

ぶつぶつ言いながら唇を尖らせている白石を何とか宥めるつもりでその左手に自分の右手を重ねて、気付く。

「え、なんやねん白石、マジでそんなに寒いんか」
「……さっきから寒い寒い言うてるやろ」

午後イチの授業で使うノートの上で縮こまっていた白石の左手を掬い上げて両手で包むと、予想以上に冷えていた。

「一応ここ、暖房入ってんねんで」
「だってストーブの周り女子が占領しとって全然熱が来おへんもん」

その言葉を受けてチラリと視線をやると、なるほど、電気ストーブの周辺をテリトリー化しながら談笑している女子の群れ。

「……あー、うん。たしかに、な」

あれをうまく散らすようなスキルは残念ながら持ち合わせていない。

「あああもう、さむい、わあ…」

ジャージを着るっちゅー手もあるけど部室まで取りに行くのはなんか面倒くさいしなー、などと考えているうちに、ついに白石は身体を抱きこんで机に突っ伏してしまった。

眼前に突き出された小さな頭を見つめて、5秒くらい経ってから、なんとなく手を乗せてみる。
サラサラの髪の毛。そんでもって、ロイヤルミルクティーみたいな色。どんな人ごみの中からでもすぐ見つけ出せる白石の特徴。

その中にちょこんと鎮座しているつむじが、なんだか可愛く見えた。

「あー謙也の手あったかいなあ」
「せやろー?」

顔を伏せたままだったけど、あ、いま白石笑うてるな、ってのが分かった。


あ、そうや。

ふと思いついて白石の頭に乗せていた手をそっと離すと、ロイヤルミルクティー色の髪の毛がふるりと震える。

「…、謙也?」

温もりが遠ざかって訝しんだのか、もぞもぞと白石の形のいい頭が動いた。顔を上げないのは多分、顔が外気に触れると寒いから。
その間に俺は着ていたお気に入りの黄色いカーディガンを脱ぎ捨てたわけだが、うん、寒いなコレ。寒がっていた白石の心中を察してちょっと気の毒になった。
布一枚分の程よい温かさが肌を離れ、図らずも身震いをする。

「ほら白石、着いや」

椅子から立ち上がり背後からカーディガンを羽織らせると、やっと白石が顔を上げた。

「…え、これ、お前の……」
「いいから。放課後まで貸しといたる。あったかいやろ?」
「や、あったかいけど…これじゃお前が寒いやん」
「平気。白石で暖取るから」

ちょっとからかうつもりで背後から抱き込むと、想像以上に白石の背中は温かかった。

「ははっ、なんやねん俺のカーディガン即効性ありすぎやな」
「それでいいんかお前は…」

そのまま腰を屈め白石のつむじに顎を乗せて笑っていると、「あぁもう刺さっとるわアホ」と左手から綺麗なツッコミを頂く。軽くはたかれた左側頭部がじんわりと熱を持って、心地よかった。

「俺の顎は画鋲やないで」
「その返し微妙」
「なんやとー!」

あ、白石やっと笑った。

綺麗に微笑む白石を見届けて満足した俺は、「ちょっと走って身体あっためてくるわ」と告げて教室を飛び出す。
去り際に見えた白石が俺のカーディガンを嬉しそうに握っていて、俺は顔だけが熱いまま廊下を走り続けた。










大変お待たせしてしまって本当に本当にすみませんでした。私にとっては希少な謙蔵だったんですが、いかがでしたでしょうか…。謙蔵って可愛いですよね。なんていうか、まったくもってこんな感じです。
リクエストありがとうございました。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -