イガグリ

三章



「瑞希…約束して、僕の事は××××じゃなくて、×××××って呼んで」

「うん!×××××!」

「いずれ、君の前から消えてしまうと思うけど、僕じゃない僕になってしまうと思うけど
 これだけは覚えていてね?絶対だよ!」


昔の夢を見た。
『彼』の顔は思い出せないが、自分が『彼』が好きだったのはなんとなく覚えている。
『彼』は、この街の離れの屋敷に住んでいた。
頭がよく、口達者で、一回あの人を口げんかで黙らせたこともあった…
幼い私をよく助けてくれた。当時、皆が嫌った髪の色も『彼』だけがほめてくれた。
そういえば、『彼』のおかげで自分は皆と仲良くなれたんだっけ…
それだけ、『彼』は皆の中心にいた。

なんで、自分が『彼』の顔が思い出せないのだろうか?
どうして、名前が思い出せないのだろ…

いや…私は知ってる『彼』を…
だって、あの屋敷は…
あの屋敷に住んでいたのは…
『会長』じゃないか…

あれ?『彼』は『会長』…?
確かに、声は『会長』にそっくりだが…

違う…
違うのだ。何かが、違う。

頭の中に『私』の声が聞こえる。

逃げるなと

目を逸らすなと

『現実』を受け入れろと

×××××××××のだと。もう××××のだと

もうちょっとで思い出せそうなのに、思い出せない…
いや、違う。
私は…

「瑞希〜!?遅刻するよ?」

「!!!なっ!こ…こんな時間ですか!!」

竜二に起こされて、瑞希はベットから飛び降りる。
そして、慌てて支度を始める。
あんな変な夢を見たせいか、いつもならとっくに起きている時間まで寝ていたらしい。
そんな彼女を横目に竜二は、ある事に気が付く。

「瑞希…?なんで泣いてるの?」

「へっ?…本当ですね…なぜですかね?」

「今日、瑞希様子変だよ?休んだら?」

「大丈夫です。私が休むと会長、東さんにセクハラやりたい放題じゃないですか」

「うっ…!君は東のボディーガードかい!」

「違います。会長の目付け役です」

「むむ…僕はそんなこと頼んでないのだよ!」

「はいはい。最近思ったのですが、会長。好きな人に押しが強過ぎるのはよくないと思いますよ?」

そう瑞希が茶化すと竜二は顔が真っ赤になってあたふたし始める。
彼のそんな様子を、見ながら瑞希は「ばれてないと思ったのですか?」と言い放った。
彼女に言われてますます顔が赤くなる竜二。

着替えが終わった瑞希は、竜二の背中を軽く叩いた。
竜二は振り返って瑞希に視線を合わす。
彼女にしては珍しく、ほほ笑んだ表情で言った。

「大丈夫です。貴方が何を考えてようが、私は貴方の味方ですから。
 だから、一人で抱えないで私にちゃんと相談してください。
 私は、貴方の幼馴染ですから」

「むーそういう事言うなら、セクハラだって邪魔しないでよ」

「だ・め・で・す」

「ちぇー。瑞希のケチンボ」

悪態をつきながら、竜二は鞄を持って瑞希より先に下の階のリビングに下りて行った。
そんな彼の背中を見ながら、瑞希は困った表情をした。

東が来たことによって、竜二が少しおかしくなったと感じたが、彼のあの表情を見た時それは、杞憂なのではと思った。
むしろ、あれが彼の元の性格なのかもしれない。

…今までは、全部演技だったのだろうか。
何のために自分たちを欺き続けたのは分からない。
でも、自分はそれを問い詰めたりはしない。
黙って、見なかった事にして彼の横にいるのだ。
それを苦痛だとは思わない。
彼を守りたいのだ。
幼馴染というよりも自分の中では、家族の一人となってしまっている。
家族を守りたいと思うことが何が悪いのか?いいや、悪くない。
だったら、『家族』である彼を守りたいと思ってもおかしくない。

ちげーだろ。それじゃ何にも解決しねぇーぞ

頭の中に『私』の声が聞こえるが、気のせいだろう。

目を背けるな。思い出しやがれ

また聞こえるが、聞かなかった振りをする。
思い出すも何も自分は、初めから全部分かっているのだから。
ただ、それを忘れたと思い込んでいるだけなのだ。
欺き続けているのは、自分の方なのかもしれないと瑞希は、自嘲気味に軽く笑って、下へと降りて行った。
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