三章 * 「で…なにさ?東二人っきりで話したいことって」 「いや…」 そううつむきながら返事をする東。 お開きになったあと、東は竜二を呼び止めて、瑞希に二人っきりにしてほしいと頼んだのだ。 彼女は、ただ「下で待ってます」と一言言って生徒会室から去った。 東が竜二を呼び止めたのにはもちろん理由がある。 昼に黒希言われた事を実行する為である。 あらかさまに避けていた事は事実であり、確かに自分は恐怖心の方が勝って竜二から逃げ続けていた。 あれから考えて、この機にちゃんと向き合うべきなのでは?と自己完結したのだ。 しかし、極力人とは距離を取っていた東は、こういう時何を話せばいいのか分からない。 突発的に、善は急げと思い実行しただけなのだ。 もちろん計画なんて物はない。 東が黙ってしまったからだろう、訝しげに顔を顰める竜二。 そして、静かに彼女に近づいて頭をなでた。 「なっななななな」 「大丈夫だよ?僕は何があっても東の味方だ」 「なぜだ…」 「えっ?」 「なんで、お前はそういうことが言えるんだ!私が『私』が!一体何をしたんだ!」 「…何もしてないさ。ただ教えてもらっただけ」 そう言って寂しそうに微笑む竜二。 東は、再び彼から視線を逸らしうつむいてしまう。 ぐっと拳を握りしめて、彼女は、何か決意したように再び竜二に視線を戻す。 「竜二…わたしは…」 「東?」 「私は、…私は!この黄泉桜の件が片付いたら、お前とちゃんと向き合おうと思う…。そして記憶の事もきちんと調べたいと思う だから…」 東が最後まで言い終わらないうちに、竜二が抱き着く。 咄嗟に身構えるが、深呼吸して、落ち着かせる東。 しばらく抱き着かれていると、ある事に気付く。 恐る恐る東は竜二に声をかけた。 「竜二…お前…泣いてるのか…?」 「だって…うれしくて…やっとやっと!東が僕を見てくれたから」 「…竜二」 「東。黄泉桜の件片付けたら僕も一緒に『君』を見つけるよ? 大丈夫さ…きっと…きっと記憶喪失だって直せるよ」 「お前…」 「だから…だから!もう…もう!僕を置いていかないで! 僕には君しかいないんだ!君だけなんだ…」 竜二は、静かに言って、強く東を抱きしめた。 彼女は考える。 一体この男と自分には何があったのか、『私』はこの男を愛していたのか 記憶のない今となっては知る由もない。 いつか記憶が戻れば自分は彼の思いを受け止められるのだろうか… だが、今はこのことばかりに集中してはいけない。 私の目的は、『奇蹟を調査し、破壊する事』だから… 「…東?大丈夫?顔が暗いよ?」 「だ…大丈夫だ」 「東!心配しないで!優先事項は分かっているから!」 「あぁ…」 そう返事すると彼は笑顔で、自分をまた力強く抱きしめた。 まるで、母を恋い慕う童子のように東に甘える竜二。 それを邪険にすることもなく東は静かに、竜二の頭を撫でた。 教室に差し込む夕日が二人を照らして静かに沈んでいった。 前へ |