三章 * 放課後の生徒会室。 いつものメンバーが集まって、例の本を凝視していた。 ちょうど、昨日東が読んだ部分まで読み終わったところだった。 「もしこれが、黄泉桜のもとになったおとぎ話だった場合、『人柱』は【人間】ってことになりますよね」 「…でもさ、これがモチーフになった事にはならないんじゃない?」 「そう言っても会長さん?この話だけ後半ページが切り取られているのよ?」 「……俺達より先にこの本の存在を知っていた人間は…竜二しかいないけどな」 「ちょっと待ってよ!僕を疑わけ!?」 突然疑いをかけられた竜二は、大げさに反応して目の前に座る阿片に抗議をする。 そんな様子の彼を少し冷やかな目で見ながら阿片は、理由を話した。 「当たり前だ。誰もお前が言うまで、この本の存在を知らなかった。 そして、その本の一部は切り取られている。疑われる理由としては充分だろ?」 「……本当に僕は、先生から聞いただけなんだってば」 「…竜二は、誰から聞いたんだ?」 「先生だってば」 「だからその先生を聞いてるんだろ!」 机をたたいて怒鳴る阿片。 その阿片を怪訝そうに見つめる竜二達。 彼らの視線に耐え切れなくなったのか、サングラスを弄りながら、今度は静かに同じことを聞いた。 疑われた事に怒った竜二はしばらく口を噤んでいたが、東に催促されしぶしぶ、先生の名前を言った。 「国語教師の伏見先生」 「あぁ!シッチーね!!私知ってる!」 「?なんだいそのあだ名」 「伏見七花だから、シッチ―!」 「あの人、図書委員の顧問もしていましたね。 …もしかして、案外図書委員だったら、皆知っているのかもしれません」 「ほーれ。[僕だけが知っていた]わけじゃないよ?」 「おい…そこわざわざ言霊でいう所か?」 「だって、こうでもしなきゃ疑い深い君の事だから、絶対また疑うからさ。念は入れとかないと。 [この本の在り処は竜二以外の人間も知っていた。だから、竜二がこの本のページを破いたとは限らない] …阿片君復唱してよ」 「へいへい。 [この本の在り処は竜二以外の人間も知っていた。だから、竜二がこの本のページを破いたとは限らない] これで満足かよ」 ふてぶてしく竜二の言葉を復唱する阿片。 そのあと、誰にも聞こえないぐらいの声で「後で図書委員長に聞いてみるか」と呟いていた。 一連の会話を聞いていた東は、何が起きたのか良く分かっていなかったのか、首を傾げていた。 その様子を横で見ていた小雪は、そっと東に言霊について説明した。 言霊とは、昔から術の一つとして契妖師や陰陽師が多用してきたもので、読んで字の如く言葉に霊力を込めるものらしい。 大抵、言霊は暗示の類が多いのだが、今の竜二と阿片のやり取りは、事実であることを認めさせるというものだそうだ。 要するに自分は嘘をついていませんという誓約みたいなものらしい。 嘘をついている場合は、使った際に術者の舌が抜かれるため、度々潔白の証明として用いられるそうだ。 「とはいっても、舌が抜かれると言うのは、力が強い人の場合らしいですけどね?」 「どういう意味だ?瑞希?」 「そのままの意味です。 会長には、強い力はないので、万が一嘘をついたとしても精々一時的に味覚が麻痺するぐらいですね。 なので、さっきのも保険みたいなものですよ。 昔から阿片さんは疑い深い人ですから」 「そ…そうなんだ」 「ところで…東さん、何故に貴女私からそんなに距離を置いているのですか?」 そう指摘されて、恐る恐る小雪寄りに座っていた東は瑞希の隣に椅子を戻した。 昼休みの一件以降、瑞希にすこし恐怖感を覚えたのは言うまでもない。 『瑞希』は覚えてないらしいが、いつ、また、あの『黒希』が出てくるかと思うと気が気でならないのだ。 そんな東の態度に首を傾げながら瑞希は、二回手を叩いて言った。 「この資料だけで断定するわけにはいきませんが、今の所『人柱』は【人間】だという事で仮定していいですか?」 「いいんじゃない?あとは、裏付けの証拠さえあれば決定的だけど」 「でも、その黄泉桜が引き起こす奇蹟がなんなのかは、その文献からでは分からないのでは? それに、必ずしも誰かが起こそうとするとは限らないわ」 「それもそうですね…」 「いや。『奇蹟』は人を狂わせる。黄泉桜が起こすものがなんなのか、それを判別しない限り安心はできない」 「東…でさぁ、阿片君。いつになったら君は有力な情報持ってきてくれるの? 僕に大口叩いてる暇があれば情報の一つや二つ出しておくれよ」 「うるせーよ。俺らは、協力してやってるんだぜ?物の頼み方考えたらどうだ?」 「そうです会長。協力してもらっているのです。その様な言い方はよくないですよ?」 「ほれほれ」 「でもー瑞希―成果出してないのって協力した内には入らないんじゃない??」 「それは、否定できませんが」 「瑞希ぃ!!」 そう叫んで机突っ伏す阿片。 ぼそぼそと「明日あたりには結果出せる…調べられる」と呟いていた。 東はそんな調子の阿片をしり目に小雪はなにか調べたのかと聞いたが、彼女は首を横に振った。 兄はともかく、自分は家の資料室にすら入れないのでお手上げらしい。 小雪にかける言葉を探してあたふたする東の肩をたたく瑞希。 一瞬びくっと驚いた東だが、恐る恐る瑞希に近づいた。 『彼女』は、そっと東の耳元にこうささやいた。 「セキュリティの件だが、いざとなりゃ『強制シャットダウン』でシステムダウンができる。 だがなぁ、これやっちまうと魔女様の存在バレかねぇから、最後の最後なんだけどなぁ」 「…!お前は昼間の…!」 「静かにしやがれ。後な、昼には言い忘れてたんだが、この街に“出来損ない”が来ている。 狙いはアンタだ。精々気を付けることだな?そいつらは、この間の槍の持ち主だからなぁ」 「―それはどういう意味だ!!」 「……………はい?なんの話ですか?」 黒希が、言ったことの真意を聞こうとしたが、人格はすでに瑞希に戻っていて、彼女はキョトンとした顔で東を見つめた。 その為、東はそれ以上の事を聞くことはかなわなかった。 状況を飲み込んでない瑞希は相変わらず、首を傾げて「どうしましたか」と東に聞いた。 東は、しばらく考え込んでから、セキュリティの事を聞いた。 彼女は、目を伏せながらあいまいに答え、最後に「いざと言う手は考えてますが」と付け加えた。 「あーあ。結局、今日の所は『人柱』が【人間】の可能性が高いってことしか分からなかったね」 「でも、それだけでも成果はあったと思うぞ?」 「そっかな…まぁ、東が言うならそうなのかもしれないね。 じゃ!今日はこれで解散! 次は…とりあえず今のところは未定で!」 竜二は「お開き!」と言って手を叩いた。 そんな竜二を見ながら瑞希は考える。 奇蹟の発動予定日まであと約一か月。 東さんは未だに学校から出れない、そして調査も進展していない。 しかし、日にちは刻々と迫っている。 焦る気持ちを抑えながら、自分にできる事はなんなのかしっかり考えないといけないと静かに感じた。 この件が終わったら東さんには、さっさとここから去ってもらいたいと心の隅で考えてしまう。 なぜなら、彼女が来てから会長の様子が日に日におかしくなっているのは、気のせいではない気がするからだ。 会長は元々あんな風に物事に積極的な方でない。 どちらかというと、日和主義だった気がする。 それに東さんに対する態度もそうだ。 会長自身は気が付いていないかもしれないが、中学時代彼が『あの人』にされていた行為をそのまま東さんにやっている。 見ているこっちはデジャブを感じてしまうのだ。 中学時代は正直いい思い出があまりないので、できるだけ思い出したくはない。 ふと会長の方に視線を戻すと、東さんに何か話しかけられている。 彼は一瞬驚いた顔をして、元のあの笑顔になった。 付き合いが長い自分には分かる。 あの顔は心の底からうれしい時の表情だと。 そして確信する。本当に会長が東さんの事が好きなのだと。 別にそのことに関して何にも感じてはいない。 だが、なぜだかわからないが、どこか心に引っ掛かるのだ。 でも、『この事』は今は重要な事ではない。 そう自分に言い聞かせて、瑞希はそれ以上考える事を放棄した。 前へ |