イガグリ

三章

屋上から出た竜二と黒希は静かに階段を下りて行く。
ふと、立ち止まった彼が振り返る。
表情はいつもの笑顔だが、付き合いが長い黒希には、彼が怒っていることが感じられた。

「なんで、この時間に、それも学校で君が表に出てるのさ」

「まぁ…たまたま」

「たまたまじゃないよ。東に何吹き込んだの?」

「吹き込んでないさ。俺様は竜二君の味方だからな。不利になることは絶対にしねぇーよ」

「…だったらいいけ…ゴホッ!ゲホッ!」

「おいおい、大丈夫か」

「だ…だいじょ…ゲホッ!ガハッ!」

一際大きい咳をした竜二は、屈んでしまった。
突然の事に驚いた黒希は、慌てて竜二のそばに駆け寄る。
駆け寄った彼女の鼻に錆びた鉛のような匂いが漂ってきた。
そしてその匂いが強くなったと感じたとき、口元を抑えていた竜二の手の間から、赤い液体がこぼれ落ちた。
黒希は驚いて、竜二を見るが彼もまた、自分が流した血を見て硬直していた。
また大きく咳き込んだ彼の口から血が溢れる。
誰の目から見ても、それが尋常じゃない事が理解できた。

「おっ、おい!」

「あっ…あ…う…そだ。嘘だ。嘘だ!嘘だ!!」

「落ち着け竜二君!また咳き込むぞ!」

「ケホッ…どうしよう…ガハッ…や…やっと…やっと逢えたのに!嫌だよ!まだ…まだ死にたくない!!」

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…と喚き散らす竜二。
錯乱した竜二を抱きしめながら、黒希は宥める。
一刻も早く竜二を正気に戻さなければ、ほかの生徒に見つかる。

こんな状態見つかれば、後々面倒なのだ。ましてや、『自分』が今表に出ているのも見れてはいけないのだ。
狭い街では、噂はすぐに広まってしまう…

「しっかりしやがれ!大丈夫だ!このぐらいならまだ魔術でどうなでもなるはずだ!」

「…………ほ…本当に?」

「あぁ!」

力強くうなずいた黒希に安心したような表情になる竜二。
彼は、ポケットの中からティッシュを取り出して口元を拭う。
だが、黒希にしがみついて離れようとはしなかった。
そして、自分に言い聞かせるようにこう言った。

「僕はね……死ぬわけにはいかないんだ」

「分かっている」

「もっと生きなきゃいけないんだ」

「知っている」

「僕は…」

「大丈夫だ。『瑞希』…いや『俺様』は竜二君の味方だ」

言い聞かせるようにそう言って黒希は、竜二を抱きしめる。
竜二もまたすがるように黒希に抱き着いていた。


そんな2人の一部始終を陰から見つめてる人物がいた。
その人は、悩む素振りをし、彼らに見つかる前にその場を去って行った。
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