イガグリ

三章

自分がこの街に来てから、二週間たった。
黄泉桜に関しての調査はあまり発展せず、何事もなく暇な日々が続いた。
竜二とはあんなことがあったが、彼の態度は前と変わらなかったので、忘れることにした。
ただ一つ、変わったことと言えば、
「私に触れるな!抱きつくなぁぁぁぁ!!」
「まーまー東!何事にも慣れって言うでしょ?」
「会長。慣れる云々より、トラウマ化してきていますよ。いい加減!離してあげてください!」
「やだ!」
「やだじゃない!」
そう言って、竜二を背負い投げする瑞希。
このような光景が、今では日常化してきている。

そう、あの日以来竜二のスキンシップに拍車がかかってきていると感じてるのだ。
それも、日に日にひどくなっているような気さえもする。
はじめは抱き着きだったのだが、最近はセクハラも入ってきてる。
一体、何回あいつに泣かされたことやら。
奇跡の魔女と呼ばれるこの私が、あんな包帯男に…

全く解せぬ。

竜二から解放されて、ソファーの陰に隠れながら東はそう思った。
おかげさまで、竜二に対する恐怖心が増してしまった気がする。
「いててて…瑞希ひどいやい。骨折れたらどーするつもりだよ」
「大丈夫ですよ。貴方案外、丈夫ですから」
「そういう問題!?」
そう叫んでむくれる竜二。
そんな彼らに気づかれないよう、東は静かに生徒会室から消えた。

この二週間で、生徒会室の改修工事が終わり、今では新しくなった部屋で瑞希達は生徒会の仕事をしている。
彼女たちを見ていると生徒会やらが、いかに大変なものか分かる。この時期は、今年の会計決算というものがあるらしく連日忙しそうだ。
いつも最終下校時刻まで頑張っているようで、放課後すぐ帰ろうとする竜二を、瑞希は必死に連れ戻していた。
大変なのは竜二…というより瑞希のが正しいか。日に日に彼女の目の下に隈ができているような気がする。


「あっ!!東お姉様!!」

魔術で飛んだ先には小雪が待っていて、すかさず抱き着こうとする彼女を紙一重でかわした。

少しだけなら校内をうろついても良いと瑞希に許可をもらったので、小雪のいる理科室の隠し部屋に行く回数が増えた。
小雪も竜二と同じようにスキンシップが絶えないが、同性だからか、竜二よりは拒否反応がでない。
何分校内での知り合いが少ないため自然と彼女と交流する機会が多くなった。

「そうそう!!見てくださいよ東お姉様!!新しい子達が入ったの!」

小雪は美少女の部類に入るほど可憐だが、笑顔で話しかけてくる彼女が東に見せたのは、防腐加工された死体たちだった。
実は、彼女は『死体愛好』という性癖持ちで、死体が大好き、いやむしろ愛している変態なのである。
東がそのことを知ったのはつい最近である。最初は引いたがまぁ人それぞれと割り切ってからは慣れてしまった。
「…かわいいね」
「でしょ!でしょでしょ!!あぁ…この永遠に保たれるこの美しさ。はぁ…いつみてもしびれちゃう」

うっとりとした顔で死体を見つめる小雪。
かなり異様な光景だが、東はもう気にしてない。
それから東は、近くにあった椅子に座ってから、小雪に黄泉桜の事を聞いた。
小雪の所に通い詰めているのは、管理人の家の娘なら何か有力な情報を聞き出せるだろうと考えた結果でもある。それに、自分で動いたほうが、真偽も見分けられるだろうと思ったのだ。
東に黄泉桜の事を聞かれると、彼女は怪しく微笑んでこう言った。
「東お姉様。それじゃ対価として、今日はどこをくださるのですか?」
「…お前な。それなりの情報はあるのか?」
「さぁ?あるのもないのも一つの情報ですから」
「…お前がそーいうなら、血だけだ」
「えー!!酷いです!あんまりです!」
かわいらしく頬を膨らませながら、小雪は「いいですよ、もう」と不貞腐れながら懐から注射器を取り出した。

小雪は病弱な体質からか、不老不死を研究している。
理科室の隠し部屋には、彼女の研究の為に大量のキョンシ―が並べてある。
そんな彼女が、不老不死の東に妙な執着を見せるのはもはや当然の結果である。
ゆえに黄泉桜の情報の代わりに、東は毎日彼女の研究材料として自分の体の一部を提供している。

しかし、今のところ何の収穫もないのだが…

それでも、東は何故か小雪の研究に協力をしている。
理由は、小雪の機嫌を損ねればもらえる情報も貰えなくなるという事、それとこの研究をし続ければ、もしかしたら、『自分』の記憶を取り戻すことができる方法が見つかるかもしれないという期待からである。
学校に閉じ込められた東は、竜二の「どうせ手持無沙汰だったら、『自分探し』してみれば?」という言葉で、自分の記憶喪失について、黄泉桜の調査ついでに調べている。

一体自分は、いままでどんな生活をしていたのか

親しい友人はいたのか

出身はどこなのか

だが、いくら調べても出てくるのは『奇跡の魔女』としての情報ばかりで、過去の『私』については一つも分からなかった。
だから、東は小雪の研究に少し期待しているのだ。
自ら不老不死になりたいという小雪の考えは東からしてみれば、馬鹿な事であるが彼女の研究で不老不死の仕組みが分かれば、自分の不死が解けるかもしれないと…
そして、この記憶喪失は、【ただの人間が不老不死という奇蹟を起こしたから、体に負担が掛かりそれが記憶喪失という形で現れた】と東は仮説している。
つまり、不老不死が解ければもしかしたら、記憶喪失も治るかもしれないと考えたのだ。
「さぁ…血液いただきまーす」
慣れた手つきで血を抜く小雪を見つめながら、東は思い出せない昔を考えるのであった。
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