二章 * 「うーーーーーん。困ったコマッタ。実にコマッタ!」 東はそう呟いてソファーの上を転がる。 ほかの連中は帰ってしまうし、自分は学校からは出れないし、にっちもさっちもいかないというのは、まさにこのことだと思う。 まだこの街に来てから四日ほどしか経っていないが、そろそろ帰りたくて仕方ない。 あんな依頼受けなければよかったと、後悔するほどである。 しかし、記憶がない自分が唯一覚えているのは『奇蹟』に対する憎しみだけだ。 【奇蹟を破壊する事】が今の自分にとって【生きる目的】なのであり、これを無くすと自分が何のために生き続けているのか分からなくなる。 「はぁ…『私』は一体どうやって生きてきたのかね」 そう独り言を言ってソファーの上を転がり続ける東。 せめて記憶さえ戻ればなー… と可能性を考えてた時 ガラッ 「ひぃぃっ!…誰だ!!」 「そんなに驚かないでよ。なんか傷つくじゃないか」 「な…竜二か…」 突然の来訪者に驚きが隠せない東だったが、すぐに冷静さを取り戻した。 「お前、帰ったんじゃなかったのか?」 「あーうん。ちょっと忘れ物をね…えーとあったあった」 竜二はそう言って、さっき使っていた机をあさって携帯を見つけていた。 そんな様子を見ていた東は、ある事を思い出す。 あの昼の時に聞いた寝言。 もしあれが本当の事だったならば、竜二は記憶を失う前の『私』を知っているかもしれない。 だが心のどこかで、それを聞いてはいけないと思っている自分がいる。 聞いてしまったら、どこか一線を越えてしまうような…そんな気がして仕方ないのだ。 「…?東大丈夫?すごいしかめっ面なんだけど」 気付いたら悩んでいた東の近くに竜二がいた。 純粋に心配してくれてるのだろう。 せっかく二人っきりになれたんだ。この好機を逃すのもばからしいと東は考え、意を決したように竜二に聞くことにした。 「竜二…」 「ん?どうしたんだい東」 「…お前は、『私』を知っているのか?」 「?そりゃ…東は『奇跡の魔女』って呼ばれるほどゆうめ…」 「違う!私が聞いているのは、記憶を失う前の『私』を知っているかどうかだ!」 竜二の言葉をさえぎり、問い詰める東。 いきなり大声を出されて驚いたのかしばらく呆然としていた竜二だが、いつもの笑顔で「…なんで?そう思うの?」と言った。 その竜二の反応に戸惑いながらも東は今日の昼に聞いた事を話した。 「へー…僕が寝言でそんな事を…ね。聞き間違いじゃないの?」 「いや!確かに言った!私は聞いたんだ!はぐらかすな!」 竜二が誤魔化すが、東がそれを許さない。 彼に詰め寄り問い詰める。 だが、一向いつもの笑みを浮かべたまま動じない。 東はその対応に腹が立ち、さらに詰めよる。 「答えろ!竜二!貴様は…貴様は!何を知って…!!」 東はその先の言葉は、竜二が彼女の唇に自分の唇を重ねたことで、紡ぐことができなかった。 突然の彼の行動に慌てふためく東。 彼から離れようにも、気づいたら自分が壁際に追いやられてしまい、うまく拘束が取れない。 「…あは。で、僕がなんだって?」 「〜っ貴様!一体何のまねだ!茶化すな!」 「茶化してない。これが僕の答えさ」 そう言って顔を近づける竜二。 この時、得体のしれない何かを感じてしまった東は、今までにないほど恐怖していた。 そのせいか頭が上手く回らず、竜二の腕から逃げだすことができない。 もがいているその姿を見て、竜二はまたいつもの笑みでこう言った。 「…もし、本当の事を言ったら、君は僕の事を愛してくれるかい?」 「貴様……それは一体…どういう…」 言葉の途中で、学校のベルが鳴った。 そして、最終下校を促す音声も入ってきた。 それをきいた竜二はハッと顔を挙げて、時計を見る。 「うわっ!もうこんな時間じゃん!瑞希、絶対怒っているよ…」 そうぼやいて、東から離れる。 東は先程の竜二の言葉の意味を聞きそびれたまま、その場で唖然としていた。 その様子を見て、竜二は苦笑しながら 「ごめんごめん。今のは忘れて。冗談だからさ。じゃあね!東!また明日!」 といって、教室から急ぎ足で出て行った。 彼の足音が遠ざかっていくが分かると、東は緊張がほぐれたかのように壁によりかかり、そのまま座り込んだ。 竜二は冗談だと言っていたが、あの言葉を言っていた時の彼の表情は、今まで見たことのない表情をしていた。 わけのわからない恐怖感だけが、彼女を襲う。 「一体なんなんだ、此処は…」 そう呟いた彼女の言葉が、誰もいない教室に響いた。 ← 前へ ⇒ 戻る ⇒ TOP |