生きる理由なんかひとつあれば十分だ



「時々ね、生きる意味がわからなくなるの」


 廃墟同然の黒曜ランド。
 住めば都とはよく言ったものだ。慣れたこの場所はどんなところよりも落ち着くし、陽の当たるところにソファを置いて骸と二人でいると、こんな穏やかな空間は絶対他にないって確信さえ得られる。

 だからなのかな、ちょっと、心の綻びを吐き出したくなった。


「生きる意味……ですか」


 骸は私を抱き寄せて、顎を頭の上に乗せてきた。
 この温もり、好きだな。


「骸とこうしているのは幸せ。クロームちゃんとお出掛けするのも楽しい。犬と千種も一緒に、みんなでご飯を作るのも楽しい。……でも、それだけで生きていくのって、心細い」


 この生活を続けたって、何かが先に待ってるわけでもない。
 骸も、犬も千種もクロームちゃんも、みんな戦ってるのに。


「やっぱり私も戦いたいよ」

「クフフ……僕はそれで充分だと思いますがね」

「……どういうこと?」

「貴女がいるおかげで僕達は戦える。貴女のいる場所へ帰りたいと思える。なら貴女はその場所をいつまでも維持するために、今まで通り暮らして、此処にいて下さい。――僕のために」


 骸のしっとりとした微笑が好きだ。そして同時に弱い。
 その笑みを見せられたらもう何も言えないじゃない。


「そんなものでも、良いのかな」

「そんなものとは酷い言い様だ。僕からすれば大事なことですよ」

「ごめん。……そうだね、骸のためになるなら、良いかな」

「生きる意味を見つけられる方が幸運だと思いますが」

「そうなの? 骸は? ……あ、マフィアの殲滅か」


 物騒な目的だよね、と笑うと骸も独特の笑みを返してきた。


「そうですね……でも、それはその先に待つものに辿り着くための過程に過ぎません」

「その先に、何があるの?」

「もちろん、貴女と幸せに暮らすことですよ」


 流麗とも言える動作で左手を掬われ、薬指にするりと滑り収まった金属の感触。


「これ……!」

「貴女のおかげで僕も生きる意味を見つけた。僕も幸運です」


 銀色のそれに骸は口付ける。
 どうして彼がやると、キザったらしい振る舞いも様になるんだろう。唇が触れた指が熱い。


「宣言しましょう。――貴女は絶対、僕のものにする」


 それは互いの間だけでは終わらない、形に残る、目に見える誓い。


「僕が目的を果たすまで、待っていて下さい」


 骸を待つために生きる。その後は、骸と幸せに生きる。
 簡潔さは今とさして変わらないのに。

 ああ――それだけで生きていける。

 そのことに、誇りさえ感じる。


「……はい」


 ぼたぼたと零れてくる大粒の涙が熱くて仕方ない。
 それは紛れもない、「満ち足りた」ことの証明だった。




生きる理由なんかひとつあれば十分だ


 そのひとつに懸けて生きる。
 なんて素敵な人生。





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