貴方なんてきらいだって、断言できたら良かったのに
あの頃私は臆病で
声を上げて 泣いていた
「もう嫌だ!なんで、なんでこんなことするの!私…誰も傷付けたくないのにっ‥」
辺り一面、鉄の臭いが充満していてそこには「赤」という色しかなかった。
私は動いている「モノ」が怖かった。動かなくなるまで止める方法しか知らなかった 教わらなかった
「嫌だっ…怖いよお‥」
「やれやれ、君は泣き言ばかりですね」
本当に一番傷ついているのはあなたなだというのに。
そう言った少年の笑い声と、差し出された手を 私は一生忘れることはないだろう
目が覚めると雨の匂いがした。
薄暗い部屋、湿ったようなコンクリートの冷たい感触 まだ覚醒しない脳でぼんやり辺りを見回していると、手に私のものではない別の手が静かに重なった。
それは確かに温かく その体温にどこか安心する。隣に座る人に目を向けようと起き上がれば、掛けてあった身に覚えのないブランケットが音もなく落ちた
「‥骸」
「おや、目が覚めましたか」
おはようございます、と読みかけの本から目を反らし骸は微笑んだ。
「‥‥‥」
「クフフ、その様子ではまだ起きてないみたいですね」
聞けば骸は隣でいつの間にかうたた寝をしてしまった私を起こさないようにと動かずに本を読んで過ごしていたようだ。
まだ寝ててもいいのですよ?髪を優しく撫でる仕草に私は黙って身を預ける。その様子をみた骸は「まるで猫みたいですね」とまた笑った
「‥‥雨?」
「ああ、先程から降り始めましたよ。この季節はよくあることです」
大丈夫ですよ、雨はいつか止みますから
なだめるように囁かれる言葉。それでも浮かない表情のままだった私に、骸は「名前、」と名前を呟く
窓の外では永遠にも続きそうな雨が淡々と降り注いでいる。私はこんな天気は嫌いだ。閉じ込められるように隔離された空間は、‥あの頃の日々をちらつかせる
思えばあの頃から六道骸という人物に私は子供ながらに得体の知れない何かを感じ取っていた。
それは人間に対する憎悪かもしれない
でもその手は温かく、その憎悪が気まぐれにも私を恐怖から解放してくれたこともまた事実。
だがそれはもう語り継がれない昔話であり、そこから私を救い出してくれた手は 確かに今も隣に存在している
やっと手にすることが出来た平穏
そこに千種と犬、それに骸が居れば幸せだった。
それだけで、よかったのに
「ねぇ、骸」
「はい なんでしょう?」
「並盛中の生徒が最近誰かに襲われてるみたいなの。‥噂だと、黒曜中の生徒かもって」
骸は私と視線を合わせたまま何も言わなかった。私もそれ以上のことは話さなかった。ただ、ずっと隣にいたはずの骸の肩が少し濡れている事が気になって、
まだ帰って来ない千種と犬が気になって
「…名前は、」
僕のことが 恐いですか?
表情はいつもと変わらないはずなのに、問いかける声は微かに震えていた
「名前の嫌う人間のように僕自身が成り下がっていることは理解しています。‥ですが、僕はあの忌々しいマフィアというものが大嫌いです。たとえ成り下がってでも、僕は名前の幸せを‥
「誰かを傷つけるのも、誰かが傷つくのも!‥私はもう嫌」
それは骸も例外じゃないんだよ?
どうすれば伝わりますか「私は傍にいないほうがいいのかな…」
「‥僕は名前を手離すつもりはありません。…しかし名前がそう望むのなら」
僕にはどうすることも出来ませんね。
そう言って壊れないようにそっと私を抱き締める骸の瞳が揺れていて 悲しそうで 目に焼き付いて離れないのに、
私の手は大切ななにかを何も掴めないまま 抱きしめ返す事が出来なかった。
名前を呼んでくれる声も
手のひらの温かさも
全部、ぜんぶ、ぜんぶ
貴方なんてきらいだって、断言できたらよかったのに
そしたら何も臆することなく、あなたから離れられたのに。
(無力で、)
(ごめんなさい)
気づかれないように
頬を静かに涙が流れた
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