月の海



貴方の事が好きでした



今でも大好きです




骸とは、偶然の重なり合いで出会った。


私は人見知りの激しい方じゃないけど、特別馴染みやすいわけでもない。それでも骸とは出会ったその日から打ち解けて、今でもよく会ったりする。

私は骸に一目惚れしていた。
その気持ちは薄れるどころか、会うたびに膨らんでいった。



今日久しぶりに骸と会う約束をしていた私は、掃除当番もそこそこに、並盛中学を飛び出した。

向かう先は骸との待ちあわせによく使う広場。


約束の時間よりも結構早く着いてみれば、見慣れた彼の姿。



骸は『かきもとちくさ君』と話しているようだ。私には気づいていない。

声を掛けようと一歩踏み出した時、ふっと彼らの会話が聞こえてくる。


「そういうわけで、僕は困っているんですよ。彼女は全く気づいていないようですし。どうしたらいいんですかねぇ」

「……骸様からの告白を断るなんて許しません」

「クフフ…冗談でもそんな恐ろしい事を言わないでください。彼女は僕にとって本当に大切な存在なのですから」



その後は、二人が何を話していたのかわからなかった。
ただ頭が真っ白になった。



骸に……好きな人!?



胸の中の何かが崩れる音がした。


ただ呆然と立っていた私に気づいた骸は、笑顔で手を振っている。

かきもと君が背を向け離れていくのが見えた。


はっと我に返った私は、出来る限りの笑顔で骸の元へ駆け寄った。



「骸、久しぶり!」

「ええ、お久しぶりです名前」

私は無性に、先ほどの会話が気になった。
聞くのは怖いけど、聞かないのも苦しい。


「骸、好きな子……いるの?」


私が聞くと、骸は少しびっくりした顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔に戻って

「さっきの、聞いていたんですか?」

「あっ…ごめん……」


立ち聞きしていた事に気がつき、素直に謝ると、骸は「別に構いませんよ」と笑ってくれた。




「でも…骸が恋の悩みかぁー。なんか意外」

「意外ですか?」

「だって、骸なら選びたい放題でしょ?」

「何を言ってるんですか…。
…………僕に選ぶ権利なんてありません」


骸は、少し悲しそうに笑いながら話しを続けた。

私はその悲しそうで、だけどどこか幸せそうな横顔を見つめていた。



「僕には、真っ暗な闇があります。とても醜い闇が。そんな僕があの純粋で真っ白な子に手を出してはいけない気がしてならないのです」


その言葉を紡ぎながら、骸が自分で傷ついているのが手に取るようにわかった。

骸が何か暗い過去を持っているということは知っている。それに、骸がその過去に縛られていることも………



「ねえ、骸。月って見たことあるでしょ?」

「え……はい」


きょとんとした顔の骸を横目で見て私は空を見上げる。

それは、骸に好きな子がいたということに対して、泣いてしまわないためかもしれない。


「月に、うさぎがいるじゃない?」


――私が傷つくならいい――


「ええ。他の国では、カニや婦人の横顔に例えられたりしますね」

「世界中で月を見上げて、みんなが光の丸に思い描いているのは、全部『影』の部分があってこそだと思わない?」


――でも、骸が傷つくのは見たくないから――


「闇の部分があってこその、光なんじゃないかな?闇が無ければ、世界中の人たちがこんな特別な思いで月を見上げないと思うんだ」
私の目は涙が溢れそうになっている。
今、少しでも下を向いたらこぼれてしまいそう。


こぼれてしまう前に、言ってあげたい。






「骸は、月みたいな人なんだよ」










――骸、幸せになってね――




言い終わった瞬間、私の瞳から涙がこぼれた。


「……!?」


しかし、こぼれた涙は地面に落ちることなく、骸の胸に染み込んだ。


「む…くろ……?」


私は骸に包みこまれていた。


「僕が月なら、君は太陽です。君がいるから僕は輝き続けられる」






どちらのものかわからない早い鼓動を感じる。








「僕が好きなのは名前です」









驚きで止まっていた涙は決壊し、止めどとなく溢れては、骸の胸に染み込んでゆく





「愛しています名前……」













月の海ごと愛してる






end


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