壊れそうな毎日の中、いつだって誰かを探してた




「名前ってね、何だか波長が合う…一緒にいて、すごく楽」

控え目に呟かれたその言葉に思わず笑みが溢れる。全く、この子はなんて可愛いんだろう。

「ふふ」

「え…わ、笑われた」

「いやいや、私もクロームといると落ち着くなぁと思って」

「ほんと?」

ふいに目線が触れ合うとあわてたように斜め下を向いてしまう彼女ーーーークローム髑髏は、ひとことで言えば霧のような儚さと素朴な可愛さでできている。『守ってあげたくなる』って、多分こういう子のことを言うんだろう。私自身も何度かそんな風に思ったことがある。
だけど、ずっと一緒にいると痛いくらいに分かってくるんだ。


(守られてるのは、寧ろ私のほうだ)









私には昔から、対人恐怖症とでも言うべき極度の人見知りがある。
勿論一度言葉を交わした人とは徐々に仲良くなれるのだけど、その『言葉を交わす』ということ自体が、私にとってはどうしても難しいのだ。

(言葉っていじわる)

当たり前のことではあるけれど、人と人とは言葉を通じてしかコミュニケーションができない。にも関わらず、言葉はしばしば相手に誤解を与えることがある。『口は禍の元』という表現も然り、悪気のない一言や微妙なニュアンスのずれから生まれる溝はとても深いものだ。
そういう理由もあって、ただでさえ口下手な私は『言葉』が怖くてたまらなくなった。心の中でどんなに思ってることがあっても、言葉にできなければそれは一つも他人に届かない。当然だと分かってはいるけど、私にとってそれはとても残酷なことに思えた。

そして、気付かないうちに自分の言ったことが相手を傷付けてるんじゃないかとか、言葉だけで自分を理解してくれる人なんていないんだとか途方もなく閉じたことを考えるようになった私は、次第に会話を失ってしまった。

情けない、悲しい。
何より、他人と溝ができるのが怖くて手放したはずの言葉だった。
なのに、そうやって会話を避けることこそがかえってじわじわと他人との溝をつくるのだと、浅はかにも後になってから気づく。
胸にポッカリ穴が空いたように、虚しくて寂しかった。










「でも、そういうときだったね、クロームと会ったのって」

「名前…」

そんな風にして他人との接触がまるで出来なくなってしまった私がクロームと出会ったのは、かなり運命的なできごとだったと思う。

「私以外に野良猫追い掛ける人がいるなんて思わなかったよ」

「私も、路地裏で人間に会うとは思ってなかったから…ちょっとこわかった」

あるとき街を散歩していた私は、野良猫を見つけて路地裏まで追い掛ける。そしてそこで同じく猫を追っていたクロームに出会い、…という何とも不思議な成り行きだった。初め、路地裏の暗闇で出会した私たちはお互いに黙ったままだったけれど、二人して猫と遊んでいるうちに、私はその瞬間自分がクロームと気持ちを共有できていることに気づく。『可愛いね』とか、無意識のうちに言葉を投げ掛けている自分がいた…独り言ではなく、ちゃんとクロームという相手に向けた言葉を。

「私その時、久々に“生きてる”って思ったの」

「ふふ…」

「クロームが笑った!」

それ以来、私は大部普通の会話ができるようになった。極端な話、あの時出会わなければ、私の口はずっと閉じたままだったかもしれない。

「しかし、路地裏まで猫追い掛けるとか…相当寂しかったんだろうね、当時の私」

人間と会話できない人間って悲しいね、と自嘲気味に笑う私をじっと見ると、少し考えてからクロームは言う。

「名前は寂しさから猫にすがったわけじゃないと思う…ただ好きだから追い掛けたんだよ、私も同じ」

「クローム…」

ああ、何度こういう言葉に励まされたことか。クロームは、一見か弱そうに見えて芯が強い。口数こそ少ないけれど、その分ふとした時の発言が鋭くてはっとさせられるのだ。

「クロームのそういうところ、好き」

「え…あ、ありがと」

ほらまた、白い頬がみるみる真っ赤に染まった。

路地裏で出会った時から、自分と同じように猫を追い掛けてきたこの子のことをもっと知りたいと思うようになった。その気持ちは今も変わらない。
膝の上の猫に微笑みながら言葉を発しない私を受け入れてくれた少女は、今でもこうして側にいてくれているのだから。

「私ね、面白い話とかできないけど…これからも、クロームと一緒にもっともっと色んな物見て、楽しいことしたいな」

「名前にそう言ってもらえるの、すごくうれしい…」

「へへ」

お喋りはやっぱり得意になれないけど、大好きな人と一緒にいれば言葉って自然と出てくるものなんだね。


壊れそうな毎日の中、いつだって誰かを探してた

(あなたに出会えて幸せ…うう、本心なのになんて月並みな言葉)

(それでいいよ、…だいすき)


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