林檎はお好き?

突然のリクエスト祭り
美形×いじめられっ子


親の都合で引っ越すことになった。
元住んでいた町から結構遠目の田舎。
陽気でおしゃべりな不動産屋に勧められたファミリータイプの築数年も立ってないアパートに、花立要は母とふたり、引っ越してきた。

荷物はもうすでに運び終わってて、要は駅からアパートに向かっている。
別に方向音痴でもないけれど、こうもあたりに何もないと目印にするものもなく、要は迷っていた。
イヤフォンから聞こえてくる音楽を止めて、要は携帯の画面を見る。
電波ははやりのつながる、早い、ものではなく、それに今にも圏外を示しそうだ。
コンビニに入って店員に道を聞こうか。
そう思い、要はコンビニの前で足を止めた。


「場所はいいんだけどな」

思わずそう呟きながら、要はあたりを見渡しなおした。


「あの…、なにか、お困りですか」

ふいに小さな声が聞こえてきた。
柔らかな声色に、イヤフォンを外して声の方へ視線を向ける。
耳元で切りそろえられた黒髪が風にゆらゆらと揺れている、少年とも少女ともつかないような子が立っていた。
斜め掛けのショルダーを握っている手は小さい。


「あの」

申し訳なさそうに再度声をかけられ、はっとする。
よく見れば高校の制服を着ていて、その制服が明日から要が通う新しいものだと気付いた。
驚きながらも、それを顔に出さないように、要はその小さな高校生をじっと見つめる。


「…道に迷っているんだが、教えてくれないか」

「あ、…、はい、僕で、よければ」

「ああ、頼む。花丘ハイツなんだが…」

「花丘、ハイツ…」

こくりと頷いた高校生は、こっちですよ、と小さな声で呟いた。
ゆっくりとした彼の足取りに合わせて要も歩く。
アパートは思ったよりも近いところだった。


「案外近かったな。…ありがとう」

「いいえ、」

「礼をしたい。名前を教えてくれないか」

「桂木、林檎です」

「桂木、な」

そう言うと、桂木はぺこりと頭を下げてからどこかに走っていった。
自分よりも10cm程背の低い彼は、とても親切で、要はいい人だったな、とぼんやり考える。
階段を登って、二階に行き、鞄から鍵を取り出して部屋に入った。



「かなめー」

「なに」

「今日の夕方、お隣さんに挨拶行くよ」

「ああ、わかった」

朝食を食べ終え、制服に着替えている途中、母にそう言われ要は頷いた。
新しい制服は濃紺色のブレザーで、以前の高校の学生服とは違う。
ネクタイを結ぶのが難しい。


「かなめ、へたくそね」

「うるせーな。早く仕事行けよ」

「はいはい。鍵閉めてね」

「ああ」

先に出ていった母の後を追い、要も家を出た。
鍵を閉めていると、隣の玄関の扉が開く。
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