暗がりの夏-2-

書類を上司に提出し、帰宅の準備をする。
鞄に荷物を詰め込み、携帯を開いた。
連絡は何も来ていない。


「水原、今日飲み行く?」

「ごめん、用があるから」

「そっか。じゃあまた明日な」

「おう。また」

同僚に挨拶してから、部署を後にする。
少し速足で、エレベーターに乗り込み降りていった。
社を出ると、夕日がもう沈み終わっていて、夜のにおいがし始めている。


「すみません。水原です…」

「はい。水原様でございますね。…こちら、ルームキーでございます」

「ありがとうございます」

金色と赤で統一されたロビーを歩く。
安いスーツが身の程知らずだと思い知るくらい、きらきらとしていた。
ロビーを進み、少し落ち着いた色のエレベーターホールに向かう。
エレベーターで最上階のボタンを押した。


部屋に入ると、大きなベッドがある。
落ち着いているが、どこかきらびやかなそれは夏衣の心を揺さぶった。
鞄をおろし、ジャケットを脱ぎ、ベッドに横たわる。


「…ふ…」

一息ついてもう一度起き上がり、脱いだジャケットと鞄をソファーに移しに行く。
それからシャワールームに向かった。


バスローブを身にまとい、ベッドに再度横たわった。
携帯を開いてもなにも連絡は入っていない。


「今日も30分遅れ」

ため息をつきながら身体を起こしたら、扉が開いた。


「夏衣、ごめんね。遅れて」

「…何言っても、治らないでしょ、時間にルーズなところ」

「夏衣」

優しい声で、甘い声でまるで強張った心を解すように囁く。
ジャケットを脱ぐ姿も、全部全部が夏衣の心をぎゅっと締め付けた。
少し皺が入った目元も、優しく和らいでいる。
とっても、機嫌がいい。


「…一幸さん」

「ん?」

「機嫌、いいね」

「ああ、わかる?」

ふふ、と笑みをこぼす彼に、夏衣は瞬きをした。
どうしようもなく、苦しくなってきて、伸びてきた手を払いたい。
ぎゅっと抱きしめられると、目元が熱くなった。


「2人目、生まれたんだね」

「ああ。誰から聞いた? 仁美から?」

「…違う」

「そう。ああ、夏衣が仲良くしている横田君か」

嬉しそうに笑う男が、抱きしめていた腕の力を緩める。
今にも写真を取り出しそうな彼が怖かった。


「一幸さん、子ども…、可愛い?」

「あぁ。もちろん。一番目は仁美似だったけど、次の子は私によく似ているんだ」

「男の子?」

「そうだよ。将来が楽しみだ」

「…そうだね」

苦しいくらいに思いが張りつめてきて、夏衣は男の手を取った。
くいっと引っ張り、ベッドに倒れ込む。
男がくすりと笑ったのを見て、夏衣は笑みをこぼした。
どこか、苦しいくらいの切なさが溢れている。


「ねぇ、指輪…、痛いから外して」

「ああ、可愛い子。わかったよ」

そっと指輪をはずし、テーブルに置く姿を見て目を瞑った。
バスローブがはだけて、夏衣の白い肢体があらわになり、男が嬉しそうに微笑む顔を、夏衣は見れなかった。
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